番外 元王女の激白

 これは、まだ隣国ハーバー国の王女様だった時から、ユーリエルン皇太子妃となって幸せを掴む迄のお話。


王女ユーリエルンはこの世界に生まれた時から、記憶が微かに残っていた。

人間は生まれ変わる時には、魂が自然と浄化されるようであったが、彼女の場合は強く意識を保って、次に生まれ変わる時には自分はこうなる、というような思考を持ち続けることに、成功した例と言えよう。


彼女は、前世で悔いが残るような人生を送ってしまった。前世では、彼女の意志が全く通らず、また…自ら諦め通さず、という人生であったのだ。その結果、人生最後の方で、後悔ばかりをしていたのだ。その為、次の人生こそは、自分の悔いが残らない幸せな人生を送りたいと、強く念じていたようだ。


物心つく頃には、しっかりと前世の記憶があり、同じ轍を踏まないようにと自分の考えを貫いて来た。お陰で今世は、ハーバー国国王である父と、王妃である母、そして王太子である兄達から、愛されて育った。自分の考えを通すからと言って、単に自分の我が儘を通す訳ではなく、のお人形は辞めた、ということであった。国民のことを考えた利発なお姫様は、この国では家族以外の誰からも、愛されていた。乙女ゲームとは違って。


彼女が乙女ゲームのことを思い出したのは、この国の隣の国である王国から、婚約の話が持ち込まれた時である。婚約相手は、隣国カルテンの王太子ライトバルだ。

王太子妃となるということは、つまり…行く行くは隣国の王妃となるのだ。

彼女は粛々と受け入れようとし、隣国から送られて来た絵姿を拝見しようとして。彼女は固まり、ハッとして我に返った後は、王女の義務を放棄しそうになったのだ。危うく…隣国の使者の前で、大声を上げ気を失う寸前だったのだ。何とか体勢を保ちつつ、急に気分が悪くなったからと退席させてもらう。

自室に戻った途端に、糸が切れてへたり込んだ程である。


王女として生まれたからには、政略結婚をする義務が生じるのだと、彼女はいつも覚悟していた。けれども、となれば、話は別である。

必死に婚約話を白紙にしようと考えるうちに、乙女ゲームの内容が有り得ないことだと、漸く気が付いた。自分の元に来たこの婚約話は、国と国との契約みたいなものでもある。ライトバルに本気で好きな女性が出来たところで、隣国の王女という立場の自分が、側妃になるのは有り得ない。同等に、ライトバルに離縁させられるのも、婚約破棄されるのも、絶対にあってはならないことなのだ。隣国側が一方的にこれらの行動を起こせば、この国も黙ってはいないだろう。何しろ、王女を蔑ろにされたという理由で。戦争になるかもしれない。


そうですわ。乙女ゲームの通りに、わたくしが我が儘で身勝手な王女だとしましても、あのゲームでの展開は…有り得ない出来事なのですわ。その上、わたくしは…ゲームとは異なり、自分の家族にも愛され、民たちからも慕われている王女です。

その王女をカルテン国に嫁いだからと言いまして、自由に扱っても良いという訳でも、ございませんのよ。嫁いだ後も、わたくしはハーバー国の王女だった立場を、利用して行きますし、縁はのですわ。


王太子が攻略可能となる時期は、確か…王女と婚姻を結んだ後であった筈…。

ですから、その時までに、わたくしがカルテン国の味方を増やせば、上手く行きそうな気が致しますわ。自分の命が係っておりますもの。ライトバル殿下に好かれるように努力致しましょう。ユーリエルンは…そう決意して。


そうして月日は経ち、彼女は17歳で嫁ぐことに決まったのである。嫁いだ後半年間は、正式に婚姻するまでの花嫁修業である。一応彼女も王族なので、一から勉強する訳ではないが、他国である以上、風習などの細かい対応が異なっている。

半年間は、それを学ぶ期間と、有力貴族達との婚姻前の交流である。






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 17歳になるとすぐ、カルテン国にやって来たユーリエルン。王太子ライトバル自ら、丁重に出迎える。前世の記憶ばかりに囚われていたユーリエルンは、気が付いていなかったが、ライトバルは彼女に好意を持っていた。ハーバー国に自らが使者として行った時、ユーリエルンは気さくに出迎えてくれた。ドレス等を豪華に着飾ることもなく、隣国の勉強に興味を持ち、自国と隣国の風習などの違いにも、理解を示すユーリエルンには、ライトバルはのだ。


ユーリエルンが観察する限り、あの乙女ゲームの殿下とライトバルは、別人のように感じた。殿下は特にトラブルも抱えていないし、側妃を持つことにも反対のようである。ハーバー国は現王から、既に側妃を持つことを禁止している。カルテン国はまだ側妃も持てるが、伯爵家以上の娘であること、側妃は2人までと決まっているのだ。伯爵以上の家に養女にしてもらう、という対策も、先々代から禁止されている。要するに、子爵家のヒロインは、殿、ということである。


それでも、殿下がヒロインとの婚姻を望んだら、彼は爵位返上をしなければならなくなるだろう。例え、正妃になるのが自国の貴族の令嬢であろうと、正当な理由なく子爵家が正妃になれる筈もないが、用心には越したことがない。そう思っていたユーリエルンだが、カルテン国での対応は悪くないものであった。更に王妃から、彼女の話し相手として、侯爵令嬢であるフェリシアンヌを紹介された。


…ああ。わたくしと同じく、悪役令嬢ですわね?…彼女は…誰のルートだったかしら?…それより、彼女もゲームとは違い過ぎますけれど、わたくしと同じく転生者だったり…するのかしら?…同じ転生者ならば、味方になってもられるかしらね?


その後、アンヌも転生者だと分かり、彼女は強力な協力者を得たのである。

正式に婚姻する頃には、フェリシアンヌをアンヌと、ユーリエルンをユーリーと呼ぶ程、仲良くなっていた。殿下のことも、ライトと本人から呼ぶように言われて。

それからあっという間に、2年の月日が経って行く。ヒロインが登場するまでに、王家の守りを厳格とし、王家で開く舞踏会時は特に、厳重に警備させている。

間違えても…ゲームのように、ヒロインが迷い込まないように、と対策したのだ。


そして何よりも殿下が積極的に、ユーリーに協力してくれる。理事長もその一環として、ヒロインには会わないようにと、殿下が配慮してくれていた。勿論、ゲームのことは、適当にぼかした上で話してあるのだが。どうやらヒロインは、アンヌから聞く限り、殿下を狙っていると考えられるからだ。有り得ない設定だが、最初から阻止するに限るだろう。隣国から来たばかりの王太子妃よりも、殿下の命令だと言えば直ぐに実行されるし、彼女は助かっていた。


それに何よりも殿下が、自分の妻であるユーリーを、大切に扱ってくれるのだ。

まだ正式に公表はされていないが、実は彼女は妊娠している。まだ3か月といったところか。アレンシアの行動が読めないので、殿下に頼んでまだ正式発表は控えている。今のところ、医師と王太子妃専属メイド以外は、2人だけの秘密である。


 「ユーリー。懐妊のことだけど、そろそろ国王に報告してもいいかい?…報告しないうちに、君とお腹の子供に何か遭ったらと思うと、私は…気が気じゃないんだよ。国王に報告すれば、万全の守護をしてもらえる筈だ。」

 「ライト様。…もう少し待っていただけませんか?…あと少しで良いのです。」


2人はこの会話を、何回か繰り返していた。それだけ殿下は、自分の妃の身体を心配していたのである。終いには…殿下は、ユーリーの心配の元である原因を、と言い出す始末で。


 「ああ、もう…君の悩みの元である、モートン子爵令嬢に刺客でも送ろうか?…そうすれば、ユーリーの心配もなくなるだろうし。私の憂いも晴れそうだ。」

 「…ライト様、それは駄目ですわよ?…彼女はまだ、何も罪を犯しておりませんのよ。王族だと言えど、権力を使用されるのは…いけませんわ。」

 「……分かっているよ。だけど、このままだと彼女は、ハイリッシュに婚約破棄をさせるだろう。私にとって妹同然のアンヌが、傷つくだろう…。そう思うと何も出来ない私は、歯痒いな…。」

 「もう少し間ですわ。あと少しで…子爵令嬢は襤褸ボロを出しますわよ。アンヌ様には…申し訳ないのですが、彼女もその方が清々すると仰られておりますし、ライト様も…我慢してくださいませね?」

 「……分かった。こちらは…すぐ動けるようにだけは、しておこう。」


…という遣り取りもあったのだった。殿下にとっては、顔も知らぬ子爵令嬢より、悪役令嬢である妃と妹のような令嬢の方が、大切だったのである。勿論、悪役令嬢だとは知らないのだが。例え…知っていたとしても、現実の殿下なら攻略されないであろう。現実の殿下は、側妃を持つ気もないのだから。その為には、妃の子が無事に生まれてくれないと困る、と殿下であった。


そしてヒロインが表舞台から消え、フェリシアンヌが新たな婚約を交わした後、冬に入る頃までに、やっと新たな命が無事誕生したのであった。


 「可愛いなあ、私達の子供は…。この子は、ユーリーに似て…美人になりそうだなあ。将来が…楽しみだなあ。」

 「………。殿下、この子は…王子ですわ。王子に美人はおかしいですわ?」

 「では、何と言ったらいいんだろうね?」

 「………イケメン?」

 「イケメン?…そうか。イケメンか!…この子は、将来イケメンだな!」

 「…ふふふっ。そうですわね。きっと、ライト様に似た…イケメンになりましてよ。将来が楽しみですわ!」





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 今回も番外編です。

乙女ゲームの悪役令嬢であった、隣国の王女様のお話となります。

第三者視点からの語りとなっています。

(時々、本人視点の心の声が入っています。)


表向きのヒロインとの戦いはありませんでしたが、裏では色々と対策されていました、という内容になっています。(主に殿下が…)

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