第32話

「全部は……さすがに無理か」

 ブレイズドラゴンと戦う分を残しつつ魔法障壁を緊急で広域展開したテオドールだったが、それでも防げたのは八割程度で残りは街の外れの方に落ちていた。障壁も瞬時に展開したことで少し薄い部分もあり、そこを突き抜けた小さな欠片が降ってきている。


「うぅ、避けそこないました……」

 その中にリザベルトの姿があり、彼女は左手と左足に怪我を負ってうずくまっている。


「リザ!」

 その声に気づいたテオドールは慌てて彼女のもとへと移動して、フルヒールポーションを取り出しためらいなく傷口にかけていく。


「あ、ありがとうございます。貴重なものを何度も使わせてしまってすみません……」

 フルヒールポーションの値段を知っているリザベルトだからこそ、それほどの価値あるものが自分のために二度も使われたことを申し訳なく思っている。


「いいんだよ。大事な仲間なんだからね。それより……さすがにもうアレに帰ってもらうのは難しそうだ」

 テオドールが移動したため、冒険者たちはブレイズドラゴンに戦いを挑んでいる。

 

 しかし、剣でも魔法でもほとんど傷をつけることはかなわず、巨大な尻尾に弾き飛ばされていた。


「仕方ない――リザ、僕は行ってくるよ。もしできそうだったら顔のあたりを狙って、強力な矢を放ってくれると助かる。またブレスを吐かれたらたまらないからね」

「承知しました!」

 ポーションのおかげで全快したリザベルトは真剣な表情で立ち上がると弓を構え、テオドールは再びドラゴンと対峙しに向かう。


「攻撃がとおった人だけ前線に、残りの方は下がって下さい!」

 テオドールの指示に従って、冒険者は前衛と後衛に分かれていく。

 勇者時代の覇気があるおかげか、少年のテオドールに何かを感じ取った冒険者たちは素直にそうしていた。


「これから全力の攻撃をこの剣で行うので、一瞬でいいのでドラゴンの意識を逸らして下さい!」

「「「おおおお!」」」

 卵を抱えて走った動き、ブレスを防いだ魔法、そして手にしている剣が持つ力を感じた冒険者たちは返事をすると一斉に走り出す。

 一つの大きな敵を前に皆が一致団結していた。


「グ、グルルルオ!?」

 実力では確かにブレイズドラゴンに劣る冒険者たちだったが、その中でも力のある者たちが協力して向かって攻撃を仕掛けて行くことで少しでもひるませることができている。


「さすがです! 今のうちに……」

 それに合わせて自分の仕事をしなければとテオドールは剣を強化していく。


 手にしているのは竜殺しの魔剣バルムンク――その剣に切れ味を増す強化魔法をかけて刀身が赤くなり、水の属性を付与することで今度は青が強くなる。

 更に、最後に魔剣の効果を増すために対竜魔法を付与すると刀身が白く光り輝いた。


「グルルルル、ガアアアアア!」

 冒険者の攻撃にイライラし始めたブレイズドラゴンが腕を豪快に振り下ろして冒険者を吹き飛ばし、更に尻尾で弾き飛ばした。


「みなさん、ありがとうございます。十分力を貯めることができました!」

 感謝の言葉と同時にテオドールは走りだす。


「いけええ!」

「やっちまええええ!」

「倒せ!」

「ぶっ殺せえええ!」

 冒険者は自分の力では勝てないとわかった今、とんでもない力を持っている、とんでもない力を感じる剣を持っているテオドールを応援していた。


「うおおおおおお!」

 応援を背に足に強い力を込めて踏み出したテオドールはあっという間にブレイズドラゴンとの距離を詰める。


「グオオオオオ!」

 それに対して、ブレイズドラゴンも全力のブレスを撃とうとしている。


「させません!」

 そのブレイズドラゴンの口元に持てる魔力を全力で込めた強力な矢を全力で大量にリザベルトが放つ。


「ガルルル!?」

 たくさんの矢がブレイズドラゴンめがけて飛び出していき、下から浮き上がった矢が顎のあたりにヒットする。 

 痛みと衝撃でブレイズドラゴンは顔をのけ反らせていく。


「――ドラゴン、斬り!」

 竜殺しの魔剣を使った、竜を殺す剣技――それを全力でブレイズドラゴンに向かってテオドールが放つ。


「ガ……ガガ……」

 その言葉だけなんとか絞り出したブレイズドラゴンだったが、真っ二つにされてはそれ以上言葉を発することはできずに大きな音を立てて左右に倒れていった。


「…………」

 子どもがあの強力なブレイズドラゴンを、ほとんど一人で、しかも一撃で倒してしまったことに、呆然と目の前の出来事に釘付けになった周囲の人々は声もない。


「…………」

 エイレムですら屋根の上で卵を抱えたまま、口を開けたまま、その結果を呆然として見ていた。


「テオさん! ご無事ですか!」

 唯一リザベルトだけがすぐに動いてテオドールのもとへと駆け寄る。


「はは、さすがに疲れたね。魔力をかなり込めたから、ちょっと思った以上の威力もでちゃったし」

 息を切らして座り込んではいるが、テオドールの表情はブレイズドラゴンを倒したことでほっとしている。

 街に被害をもたらさずに帰ってくれたら倒すつもりはなかったが、大事な仲間であるリザベルトがけがを負ったことや街に被害が出てしまったためにやむを得なかった。


「すごかったです! ブレイズドラゴンを真っ二つにするだなんて!」

 感激しながらテオドールのところへ駆けつけたリザベルトは素直に彼の成した結果のことを褒める。

 同時に口にした魔物の名前は、すぐに伝播して冒険者たちに広がっていった。


「……お、おい聞いたか?」

「ブレイズドラゴンっていったら、Aランク冒険者でも単独じゃ厳しいだろ……」

「どおりで俺たちの攻撃がとおらないはずだ……」

「あの白い炎はやっぱりブレイズだったか」

「……いやいや、あの子どもがブレイズドラゴンを倒したっていうのか?」

「あの力なら確かにブレイズドラゴンを倒せても不思議じゃないな……」

 あっという間にテオドールとブレイズドラゴンの話題で持ちきりになっていき、彼らの視線は倒した当人と倒された魔物に集中し始めていた。


「お、これはもしかして注目されてるかも?」

「す、すみません。私が魔物の名前を言ってしまったから……」

 思った以上の大騒ぎになっているため、ハッと我に返って口元を押さえるリザベルトは申し訳なさそうな表情になっている。


 しかし、少しうつむいたテオドールの口元には薄い笑みが浮かんでいた。


「――いやいや、これはいい仕事をしてくれたと思うよ」

 この状況は彼にとって願ってもない状況である。


「ただ、もう一人後押しが……きたきた」

「大丈夫ですか!?」

 慌てて駆け付けたエイレムも状況とテオドールの無事を確認するためにやってくる。


「大丈夫です……ここからはあなたの立場が大事になってきます。頼みますよ」

「えっ? は、はい」

 何かを企んでいる顔のテオドールだが、彼がこの戦いの立役者であるため、あっけにとられたエイレムはただただ頷いた。


借金:3600万

所持金:約30万

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