第31話


「ブレイズドラゴン……」

 ほとんど人のいない街を駆け抜け、入り口までやってきたテオドールとリザベルト。

 その視線の向こうには問題のドラゴンの姿があった。


 ワイバーンなど比にならないほど大きな体と力強い羽ばたきの翼をもつブレイズドラゴン。

 ドラゴンといえば高ランク冒険者が束になってようやく倒せるかどうかといった魔物。

 単独で倒したものにはドラゴンスライヤーの称号が与えられるほどの名誉だがそれだけの大業でもある。

 自身の大事にしている卵が奪われたことで苛立ち怒りに満ちているブレイズドラゴンはけたたましく咆哮を放つ。


 呆然とリザベルトがドラゴンの種名を呟いたが、炎属性のドラゴンの中でも上位種のブレイズドラゴンが放つのは通常の赤い炎ではなく、青い炎でもなく、全てを燃やし尽くすといわれる白い炎を使う。


「ドラゴンさん! 卵は返しますので、どうか戻って下さい!」

 そんなブレイズドラゴンを目の前にしても毅然とした態度のままのテオドールは籠から取り出したドラゴンの卵を掲げながら、ドラゴンに巣に戻るように促している。


「グルルルルル」

 人間の言葉を理解できているかの問題はあるが、ブレイズドラゴンの目は怒りに満ちて血走っており、その目には卵の姿は映っておらず、その耳にはテオドールの言葉は届いていない。


「グオオオオオオ!」

 ただただ怒りに任せており、生意気にも声をかけてきたテオドールを殺すことだけに集中しており、大きく開けた口からブレスを吐き出した。


「あーらら、怒ってるなあ」

「テオさん!」

 離れた場所から必死で呼びかけるリザベルトに対して、テオドールは危機感なくひょいっとブレスを避けている。


 大通りはそれなりの広さがあるが、戦闘をするには心もとない。

 さきほどワイバーンと冒険者たちが戦闘していた中央広場はそう言った事態に備えた場所でもあった。


「リザ! さすがに大通りで戦うのはまずいからさっきの中央広場に戻ろう!」

「わ、わかりました!」

 ブレスを意にも介さないテオドールに驚きながらも、リザベルトは返事をして広場へと戻って行く。


「うはあ、これは全然聞く耳をもってもらえないなあ……」

 卵を見えるように手で持ち上げ続けながら逃げているが、ブレイズドラゴンは完全に頭に血がのぼっているようでテオドールを倒すことしか頭にないようだった。


「リザ、もう少しだから頑張って!」

 テオドールは卵と自身を使って街に大きな被害がないように気をつけながら誘導しているため、これ以上速度をあげるわけにはいかない。

 それゆえにリザベルトを抱えて速度をあげることもできないので、声をかけながら後押しの追い風を生み出す。


「あ、ありがとうございます! テオさんも頑張って下さい!」

 先行するリザベルトはそのままの勢いで駆け抜けていき、先行して大通りを進み、ひたすら走ってついに広場へと到着する。


「リザベルトさんそのまま走って下さい!」

 部屋から出て屋根に乗っているセイレムが彼女に声をかける。


「わ、わかりました!」

 リザベルトはその声かけに従って、そのまま走り抜けて冒険者たちの後ろへといく。

 しかし、彼女は匿われるだけにとどまらず、すぐに近くの建物の屋根に登ってブレイズドラゴンを狙える位置に配置する。


「みんな、どいてどいてええええええ!」

 そのあとから走って来たテオドールは、今もきわどいながら上手いことブレスを回避している。


「いたいた、セイレムさん。卵お願いします!」

 テオドールは冒険者が左右に分かれた道を駆け抜けて、屋根にいるセイレムへと卵を投げた。

 もちろん風魔法を使って、ゆっくりと手元にわたるように調整している。


「おっとっと、た、確かに受け取りました!」

 突然のことにも腕を広げたセイレムはなんとか卵をキャッチして、テオドールに返事をする。


「それじゃ、今度はブレイズドラゴンをなんとかしますか!」

 枷がなくなったことで走っている勢いを殺して、振り返るテオドール。

 その前には冒険者たちが立ちはだかってブレイズドラゴンを迎えようとしていた。


「――いやあ、これはまずいね」

 まさか、ドラゴンを、しかもブレイズドラゴンを前にしてもこれだけの冒険者が立ち向かおうとするとは思っていなかったため、どうしたものかと一瞬だけ考える。


 このままブレイズドラゴンと冒険者が衝突してしまえば、恐らくは大惨事が起きてしまう。

 ワイバーンならまだしも、ドラゴンの中でも上位種に値するブレイズドラゴンを相手にするのは難しいだろうとテオドールは見ていた。

 それほどまでに冒険者とブレイズドラゴンの間には大きな力の差があった。


「仕方ない……少し本気を出してみようか」

 商人として活躍したいテオドールだが、その第一歩であるこの街が壊されてしまうことは本望ではない。

 力を商売のため意外に使うことは勇者時代以来だが、覚悟を決めたテオドールは右手にバルムンクを、左手に杖を持って前に進む。


「――ごめんなさい、通して下さい」

 決して大きな声ではない。

 しかし、不思議とその声は冒険者たちの耳に届き、自然とテオドールとブレイズドラゴンとの間に道が作られる。


「こいつの相手は……僕がします!」

 狙っていたテオドールが再び姿を見せたところで、ブレイズドラゴンから再度強力なブレスが吐かれる。


「それは危ないから防がないとだね」

 まずいとざわめき立つ冒険者たちをよそに、冷静な態度のテオドールが杖を地面に突き立てると、そこを中心に強力な結界が一瞬で展開されて激しいブレイズドラゴンのブレスを防ぐ。


「す、すげえ……」

 強力なブレスは完全に結界によって遮断されている。

 しかもそれが横に逸れないように、包み込むようにしていた。


「はい、遮断っと」

 そして、結界によってブレスを全てを包み込んで圧縮するとそのまま消し去ってしまう。


「ガ、ガルルル」

 ここにきて、ブレイズドラゴンはテオドールの異常性に気づく。


 何度もブレスを避け、ブレイズドラゴンが追いつくか追いつかないかのギリギリの速度を保っていた。

 しかも、力を込めた強力なブレスをあっさりと防がれ、かき消されてしまった。

 ここまで来ると少し冷静さを取り戻したブレイズドラゴンは警戒するように低くうなりながら様子をうかがっていた。


「このへんで引いてもらえませんかね? もちろん卵はお返ししますので」

 騒ぎを抑えるために再び提案するが、ブレイズドラゴンはテオドールを睨みつけている。


「グルルルル……グワアアアアアアアアア!」

 向こうから手を出す様子が一切ないため舐められていると判断したブレイズドラゴンは怒りが頂点に達しており、強力な魔力を貯めていく。


「うーん……驚いて少しは話を聞いてくれるかと思ったけどそうもいかないみたいだなあ……どうしようかな」

 悪いのは卵を盗んだ男であるため、ブレイズドラゴンの命をとろうとまではテオドールも考えていない。

 だがこのまま放置しておくと街に壊滅的な被害が出てしまう。


「グルルルル、グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 考えているうちにもブレイズドラゴンは次の攻撃に移ろうとしていた。


「――何度ブレスを撃っても僕が防ぐよ?」

 そう言いながら前方に障壁をはる準備をする。

 先ほどと同じ攻撃は通用しないとブレイズドラゴンもわかっているはずだが、それでもためらうことのない様子にテオドールは違和感を覚えた。


「ガアアアアアアアアアアアア!」

 彼の嫌な予感は的中し、ブレイズドラゴンは力をため切ると顔を空に向けて、そのまま上空に向かってブレスを放った。

 数十メートルの高さまで到達したところでブレスは無数にわかれ、流星のように勢いよく地上めがけて落下していく。


「――っ、そんなことまで! 間に合って!」

 ブレスはかなりの広範囲にわたっていたため、テオドールも魔力を集中させて上空に向けて街を包み込むように広範囲の障壁を展開しようとしていた。



借金:3600万

所持金:約30万

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