第30話
「失礼します!」
勢いよく扉を開いたテオドールたちがギルドマスタールームに入る。
「……なにか、あったんですね」
ギルドマスターエイレムはテオドールとリザベルトの表情、外での騒ぎ、連行されている男。
これらから、外の騒ぎの原因に、連行されている男が関与していると予想していた。
「背中の籠の中身を見せて下さい」
「い、いやだ。お、俺は確かに冒険者だが、荷物を見せる義務はないはずだ!」
ギルドマスターを目の前にして逃げられないとわかっている男だったが、それでも目を泳がせ、わかりやすく動揺しながらあとずさりをする。
「まあ確かに普通ならそうなんですけどね。ただ、今回は理由が理由なので少し強引にやらせてもらいます……ね!」
冷たい目線を向けながら素早い身のこなしでテオドールは一瞬で男の後ろに回り込むと、籠にかけられている布を取り外す。
「あ、お前!」
突然のことに何もできなかった男は慌てて籠を隠そうとするが、確認のためにエイレムも移動して籠の中が見える場所にいた。
「これは……!? はあ、そういうことだったのですね。これでワイバーンが街を急襲した理由がわかりましたよ。まさかドラゴンの卵を持ちだすとは……」
ため息交じりに痛む頭を押さえたエイレムは鑑定能力を持っていないが、卵を見ただけでそれがドラゴンの卵であることを理解していた。
「しかも、ワイバーンの卵じゃなく本物のドラゴンのものなんです! 恐らくは眷属を先に街に向かわせて調査をさせているのだと思います。なので、もう少ししたら親ドラゴンが……」
鑑定で具体的になんの卵なのかまで確認できたリザベルトは悲痛な面持ちで現状がどれだけ危険であるかを必死に訴える。
「だよね。この状況を打開するとしたら、やってくるワイバーンとドラゴンを全て倒すか、もしくは親ドラゴンが来る前に卵を返却するかしかないと思うので……」
硬い表情のテオドールはそこまで言うと、籠に手をかける。
「――僕が運んで返してきます」
外には多くの冒険者がおり、ギルドの中にも冒険者がいた。
そんな彼ら全ての実力を鑑みても、卵をドラゴンに返すだけの力を持っているのは自分しかいないとテオドールは判断する。
「それはさすがに……」
卵を返したいと思うのはエイレムも同じ気持ちだったが、冒険者でもなく、大人でもないテオドールに全ての責任を託すようなことをギルドマスターがよしと判断していいものかと彼は悩んでいた。
「他に手はないと思いますが……なんて悩んでいるうちに来たみたいです」
遅かったかとテオドールはソレの気配を感じて西の空に視線を向ける。
窓から見える空には遠くとも大きく羽ばたくドラゴンの影のような姿が見える。
「おじさん、悪いけどその籠ごと持っていきますね」
「お、おい!」
必死の思いで手に入れたドラゴンの卵を手放したくない男は籠をとられそうになっているため、抵抗しようとする。
「――持って、いくね?」
だが一刻の猶予もないと鋭く放たれたテオドールの言葉は魔力を込めたものであり、その威圧をもろに受けた男から抵抗する気力を奪っていた。
男はガクガクと震えると膝をついてうなだれていた。
「さて、それじゃあ、あのごった返した人の中を駆け抜けていかないとなんだけど……リザ、一緒に来てくれるかな?」
「もちろんです!」
彼女もドラゴンが近づいている気配を薄っすらとではあるが感じている。
その存在感はこれだけ離れていても強く、それがどれだけ危険な相手なのかを物語っていた。
しかし、それでもリザベルトはテオドールの言葉に即答する。それだけ彼のことを信頼していた。
「それじゃ、窓からいかせてもらいます。エイレムさん、あとの説明はお願いしますね!」
そう言うと、テオドールはリザベルトの手をとって窓から飛び出していった。
「……やれやれ、まるで風のような子です。あれで商人だというのだから、信じがたいことですね……あぁ、あなたにはあとでお達しがあると思いますがそれまで好きにしていていいですよ。他の街に逃げてもいいし、ここでやり直してもいいし……ただ、他で迷惑かけないようにこの街にいてくれることを願います」
さっさと出て行ってしまったテオドールたちを見送るように視線は窓の外に向けたままで男に冷たく声をかけるエイレム。
その言葉遣いはいつもの柔らかいものだったが、安易に許すつもりはないという強い意志が込められていた。
「は、はひ……」
ここまでくるとすっかり男からは抵抗する様子はなくなり、自分のやってしまったこととこれからのことを考えて絶望したように力なくその場に座り込むだけだった。
「さて、もう一つ仕事をしないとですね……――ふぅ」
そんな男に一度チラリと視線を向けたあと、エイレムは軽い身のこなしで窓から出て屋根の上に立つと、思い切り息を吸い込んだ。
街を見下ろすと中央に襲来したワイバーンは冒険者たちの活躍で見事討伐されていた。
散々暴れまわっていたワイバーンが力尽きてべしゃりと倒れる姿と疲労の色がにじむ冒険者たちがエイレムの目に映る。
「みなさん! ワイバーン討伐お疲れ様です!」
見える範囲にエイレムの声が響き渡る。
ギルドマスターの言葉とあって、戦闘で疲労していた冒険者も動きを止めて彼の言葉に耳を傾ける。
「今回の一件は、一人の男がドラゴンの卵を巣から盗み出したことが発端です! そして、私の友人がその卵をドラゴンに返却しようと奔走しています。彼らの邪魔をしないようにお願いします! 大きな卵を持っている人物は我々の希望となります!」
静まり返るがエイレムの言葉は彼らに届き、先ほど飛び出していったテオドールたちに気づいているものはそちらに視線を向けていた。
「ギルドマスター、援護はダメなのか!」
ドラゴンの脅威を知っているため、腕に自信のある冒険者がそう提案する。周囲にいる冒険者たちも彼の言葉に賛同していた。
「ダメ、とはいいません。ですが、今は彼らを待ちましょう。卵を返すだけで終わればそれでよし。もし、返せなかった場合はその時こそみなさんの力が必要となります!」
正直なところ、テオドールの実力に関してはかなり高いだろうとエイレムは考えている。
だが、念のためを考えて冒険者たちにも声をかけておいた。
ギルドマスターの考えを感じ取った冒険者たちからはそれ以上声が上がることはなかった。
エイレムが視線を向けた方角を、外にいる全員が見つめる。
それとほぼ同じ瞬間、どんっと大きく火柱が上がった。
「白い炎っ!?」
恐らくはドラゴンによるブレスであろうことは、誰しもが簡単に予想できることだったが、その場所にはテオドールたちがいることを考えると、ただただ静まり返る。
なにより驚くべきはその炎の色であり、通常の色とは異なるものだった。
しかし、その数秒後、再度火柱があがる。それは先ほどよりもギルドに近づいている。
「また!? ということは……みんな、戦闘準備!」
再度上がった火柱にエイレムは、今もテオドールたちが生きていてこちらに戻ってきていると判断して、すぐにそれに備えさせる。
静かだが、ドラゴンが近づいてくる気配がする。
実際、その後何度も火柱があがって、迫りくるように少しずつ近づいていた。
借金:3600万
所持金:約三十万
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