第29話
目的である猪肉を手に入れたテオドールとリザベルトは街へ戻ろうと、草原から街への道を歩いていた。
「今回のものがたくさんお金になるといいねえ」
「ですねえ、頑張って色々集めましたからね!」
草原からの道のりでは誰かに会う可能性が高いため、のんびりと徒歩での帰路となっている。
だがなにか違和感を感じて未だ遠くに見える街へ目をやるとテオドールはあることに気づく。
「あれ……なんか、街が変じゃないか?」
「煙が見えますね……火事ですかね?」
街までまだだいぶ距離があったが、そこからでも立ち上る煙が見える。風に乗って悲鳴のようなものも聞こえてきた。
「リザ、僕に掴まって。少し急ぐよ!」
「……えっ? は、はい!」
急に険しい表情になったテオドールの言葉に驚くリザベルトだが、すぐに理解して腕に掴まる。
「いっくよおおおおお!」
なんとしても早くたどり着かなければとテオドールは魔法で身体強化した状態で、思い切り地面を蹴って前に進んでいく。
強化された脚力による一歩は大きい。
「きゃあああああああ!」
リザベルトは急に襲い掛かる衝撃と風圧に悲鳴を上げることしかできない。
一瞬で魔物との距離を詰められるテオドールが、その脚力を走ることに使えばこうなる。
「リザ、このままだと落ちそうだからこうさせてもらうね」
このまま叫び続けて体力を消耗してはいけないと判断したテオドールは空中でリザベルトを抱きかかえる。
いわゆるお姫様抱っこの形に。
「え、えええええ!?」
ひょいと軽く抱きかかえられたリザベルトはいつもよりずっと近いテオドールとの距離感に顔を真っ赤に染める。
人生で初めてのお姫様抱っこをこんなシーンでしてもらうことになるとは思ってもおらず、恥ずかしさと緊張と驚きと、少しの喜びを内に秘めて混乱している。
「口を閉じてしっかり掴まっててね!」
安心させるようにふっと微笑んだあとそのまま着地したテオドールは再び地面を蹴って跳んでいく。
今度は更に勢いをつけるために、風魔法による追い風で更に飛距離を伸ばしていた。
「これも追加で!」
今度は空中に風魔法で足場を作って、それ蹴って進んでいく。
魔法によって更なる推進力が生み出されて速度が上がっていた。
「わー!! すごいです!」
最初は驚いていたリザベルトだったが、テオドールに抱きかかえられていることからくる安心感からか徐々に楽しくなってきてふにゃりと笑っている。
「リザも慣れてきたね。それじゃ、一気にいくよ!」
そこからは更に速度をあげて、一気に街までの距離を詰めていき、ほどなくして門の手前に到着する。
「行こう!」
「はい!」
そこでリザベルトを降ろすと、二人は急いで街の中へと入っていく。
入り口あたりでは何も起きていないが、煙の元である街の中央から必死に逃げてくる住民たちとすれ違う。
「お、おい、お前たち! 中にはいかないほうがいいぞ! ワイバーンが襲ってきた!」
その中の一人、犬の獣人男性がテオドールとリザベルトに注意の声をかけてくれる。
人の波に逆らって中に入っていこうとする二人に気づいて親切から情報をくれたようだ。
「ワイバーン? なんで、こんな街中に……」
「今まで一度もそんなことはなかったはずです!」
各街には魔物を遠ざける結界が展開されており、使役されているものでもなければ、通常は街の中にまで魔物がやってくることはない。
それを知っているからこそ、駆けつけないわけにはいかないと、二人は助言に逆らう形になるが、急いで街の中央へと走って行く。
最初はそれでも引き留めようとした犬の獣人男性も彼らより我が身だと走って逃げていった。
やがてたどり着いた街の中心は綺麗な街並みがワイバーンのせいで無茶苦茶になぎ倒され、煙が薄っすらと漂っている。
「あれは……! 本当にワイバーンがいる!」
「っ……攻撃します!」
リザベルトはすぐに弓を構えて魔力矢を造り出していく。
「待った! あれは街の冒険者の人たちに任せよう、僕たちは状況を把握するんだ」
冒険者は優勢であり、このままであれば撃退することができるとテオドールは判断する。
状況把握のために風魔法とともに過去の経験から目当てをつけながら周囲に視線を送るテオドール。
「えっ? でも……」
指示を受けたリザベルトは弓を下ろすが、それでも後ろ髪を引かれる思いで戦っている冒険者たちに視線を向けている。
「大丈夫、あの人たちの強さならワイバーンに負けることはないよ。それよりも、なんでこんなことが起きてるのか原因を突き止めないと……」
普通ではありえないことがなんの理由もなく起きているとは思えない。
そして、ワイバーンが集中しているのがこの中央広場である。
そのことから、この周辺に何か理由があるのだろうと考えたテオドールはあたりを見回して、その原因たるものを探していた。
「な、なるほど! 確かに、原因を取り除くのが……あれ? 今、なにか……」
リザベルトは目視での確認はテオドールに任せて、目に魔力を込めた鑑定能力で周囲を探っている。
その中で、滅多に見ることのできない珍しいものが彼女の目に一瞬だけ映っていた。
「……あの人だ!」
テオドールはリザベルトが捉えたなにかがある方向に視線を向けて、その何かを持っているであろう怪しい人物を特定して走り寄っていく。
「――すみません。なにか、持っていますよね?」
回り込むように正面に移動して、逃がさないといわんばかりにじっと目を見ながらテオドールが尋ねる。
「な、なにも持ってない! なんだお前は! きゅ、急に言いがかりをつけるんじゃない! 親の顔が見たいもんだ!」
突然現れたテオドールに驚きを隠せない様子の口ひげを生やした男は、それでも背負っている大きめの籠をテオドールの視線から隠すようにしながら強い口調で否定する。
「親は亡くなったのでお見せすることができません!」
「う、そ、それはすまない……」
テオドールが口にした事実に罪悪感を覚えたのか男は視線を泳がせながら謝罪をする。
このやりとりの間に、リザベルトは男の背後に回っていた。
「この布を……これは!?」
彼女は籠にかぶせてある布をめくって、そこにあるものがなんであるかを鑑定し、その結果に驚いている。
「――あなた、やりましたね……ここではなんですから、冒険者ギルドのギルドマスターのところにいきましょう」
きゅっと硬いリザベルトの表情からかなりやばい何かを持っていると推測したテオドールは、男の腕をぐいっと掴むと無理やり連行していこうとする。
「な、なにをする! やめろ!」
もちろん男は全力で抵抗しようとするが、テオドールは勇者時代の腕力と賢者時代の風魔法で男を少しだけ浮かして軽くすることで楽々と連れて行くことに成功していた。
近くにあった冒険者ギルドに入ると、そこは騒然としていたが、いつものように受付嬢たちがカウンター越しに仕事をしていた。
「すみません、火急の用事なのでギルドマスターのもとへ行きますね」
ニコニコしながら受付嬢へと声をかけるテオドールに対して、何かを察した受付嬢はただただ頷くだけで彼のことを止めようともしない。
目の奥が全く笑っていないこと、怪しい男を連れていること、以前もギルドマスターは彼の面会を受け入れていたことからテオドールを止めようと思う職員はいなかった。
借金:3600万
所持金:約30万
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