第28話


「あっ、勢いつきすぎてた……」

 フレイムバードを真っ二つにした時に、勢いあまって斬撃が生まれて後方にある岩をも斬っていたことに気づいたテオドールはやってしまったと反省する。


「あ、でも岩の中は岩塩みたいですね!」

「ほんと? あ、本当だ。それじゃ、魔物と一緒に岩塩ももらっていこうかな」

 リザベルトの言葉を聞いたテオドールはフレイムバードを一瞬で収納したあと岩塩を採掘するために近づこうとする。


 が、そこでピタリと足を止めた。


「ごめんごめん、リザの怪我より優先することなんてないよね」

 リザベルトは細かいながらも怪我をしており、今も座り込んでいることを思い出したテオドールが優先事項を間違えたと急いで小走りで彼女のもとへ移動する。


「い、いえいえ、傷は浅いので少し休めば動けます! ほ、ほら、いたたっ……」

 無理やり立ち上がろうとするリザベルトだったが、傷の痛みに顔をゆがめ、すぐにしゃがみ込んでしまう。


「まあまあ、無理をしないで……ほら!」

「冷たっ! な、何を!?」

 なだめるように穏やかな声音で近づいたテオドールは隣に立つと、何か液体をリザベルトにふりかけた。


「えっ? こ、これはもしかして!」

 みるみるうちに痛みがひいていき、あっという間に怪我が治っていくことで、テオドールが何をふりかけたのかに思い当たった。


「正解、フルヒールポーションだよ。他に回復アイテム持ってないし、実際の効果も試したかったからちょうどいいと思ってね。傷があったことがわからないくらいに完全に回復してる……大成功でよかったよ」

 彼女の身体を確認しながら自身のポーションの出来にうんうんと頷いているテオドールだったが、一方でギルドでの買い取り価格五十万の品物を軽傷の自分に使われたリザベルトは卒倒しそうになるのをこらえ、驚きのあまり口をパクパクさせている。


「ちなみに言っておくけど、これって僕なら結構簡単に作れるから気にしなくていいからね」

 きっとリザベルトが気にするだろうと、テオドールはこんな言葉をかけたが、これはこれで彼女を驚かせることとなった。


「かんたん、に……?」

 希少な、今となっては製法を知っている者すらいるかどうかというフルヒールポーションをテオドールは簡単に作れると信じられないことを言う。


「まあ、道具もあるし、薬草は採って来ればいいし……あとは容器を買うくらいかな」

「たったそれだけで……やっぱりとんでもないです……」

 あれほどのものをあっさりと使い、同じくあれほどのものを簡単に作れるというテオドールの底の知れなさ加減に、がっくりと力が抜けたリザベルトは驚きを通り越して呆然としてしまった。


「さて、それじゃ岩塩とってくるね……このへんって猪の魔物の出るところってあったっけ?」

「猪、ですか? そうですね、今日最初に戦った草原から少し南に行けばいたと思いますが……」

 猪の魔物は別段珍しくはなく、低ランク冒険者でも十分に相手をすることができる。

 その魔物をわざわざテオドールがチョイスする理由が見当たらず、確認されたそれにリザベルトは首を傾げていた。


「いやさ、ほら岩塩の美味しさを試すのに肉があったほうがいいでしょ? だから自分で猪肉を用意しておこうかなって。たくさんとれれば、あとあと僕たちの食事にもできるしで二度美味しい! それに僕の闇魔法の収納は中で劣化することもないから時間に関係なく保存できるんだ!」

 いい色に焼けた肉に岩塩をかけて食べることを想像しながら、テオドールは指を二本たてて、どうだと誇らしげに言う。


「それは確かにすごく便利です……その能力があれば輸送などにも使えますね。そうすれば、そういった形での報酬を得ることも」

「いいね!」

 リザベルトの提案自体に商機があること、そして彼女のほうから提案をしてくれたことの二点に対してテオドールは自然と言葉が出ていた。


「この案が出てくるのもテオさんの能力ゆえですからね。ただ問題……といいますか、いい点でもあるんですが、この方法をできるのがテオさんだけというのがやはり気になりますね」

 提案したのはリザベルトの方からだったが、納得がいかないのか困ったような笑みを浮かべている。


 テオドールだけゆえに独占ができる。

 しかし、独占ができるが他の誰かに仕事を任せることができないという問題をはらんでいるからだ。


「確かにそうだねえ。でも、そのへんは色々対策もあるからおいおい考えていこうか。今は、そういう商売の方法もあるっていうアイデアが大事だと思う。だから、ありがとう」

 リザベルトが考えてくれたことに、テオドールは素直に感謝の気持ちを述べた。

 彼女はどこか自分のことを持ち上げてくれているのはうすうす気づいていたが、そのせいで変に劣等感を抱いて何も言えなくなってしまっては一緒にやっていくパーティとして困ってしまう。


「い、いえいえ、テオさんにばかり考えてもらうのは申し訳ないですから!」

 どこかむずかゆさをかんじて赤らめた顔を逸らし、慌てた様子のリザベルトをテオドールは優しい笑顔で見ている。




 それから二人は話にあったとおり、猪の魔物を倒すために生息地へと向かう。

 もちろん移動手段は今回も風の精霊にお願いしての飛行移動だった。



「さて、あっという間に到着したけど……確かに猪の魔物が多いね。というか、ここは猪の巣なのかな? 多すぎない?」

 探していた猪の魔物が見つかったものの、テオドールの表情は晴れない。


 くるぶしより少し長いくらいの一面大きく広がる草原地帯。ざっと見える範囲に数十の猪の魔物がいた。


「そうなんです……増えすぎたみたいで、たまに魔物同士の争いがあったり、他の地域に進出したり、色々と危険なので今回の狩りは安全面でも、とてもいいことだと思います」

 改めてこの場所に来たことで、リザベルトは問題として話題にあがっているのを思い出していた。


「なるほどね……これだけの数がいるなら、リザの攻撃で一気にいけるかな?」

 岩山でリザベルトはかなりの数の魔物を倒すことで様々な攻撃パターンを練習することができた。

 その成果をここで発揮すれば一気に倒せるとテオドールは考えている。


「はい……いけます!」

 テオドールに頼りにされていることを感じて胸に浮かぶ高揚感とともに、しっかりと前を見据えたリザベルトは大量の猪の魔物を前にして、その数と強さと自分の腕前を計算して、十分勝算があると判断する。 


 その結果が、この力強い返事である。


 リザベルトは弓を構えて、ちょうど草を食むために視線を倒す猪の魔物に向けていく。

 意識を集中、魔力を集中、倒す魔物の数だけ矢を作り出す。


「いけ!」

 鋭い言葉と同時に、一斉に魔力矢が発射する。


 その数、二十越え。


 無数の魔力矢は、縦横無尽に飛び回るかのように弧を描きながら全て狙い定めた猪の魔物の額を撃ち抜いた。

 生き残った魔物たちは、何が起こったのかわからずに動きを止める。そして二秒後には脱兎のごとく逃げていった。


 仲間が一瞬で殺された恐怖、何が起こったのか理解できない恐怖、次に狙われるのは自分かもしれないという恐怖が生存本能に訴えかけて逃亡を選択させていた。


「お見事!」

 称賛しながらも、テオドールはあっという間に魔物の回収を終えていた。



借金:3600万

所持金:約30万

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