第7話


「さて、今日もでかけるか」

 家具のほとんどない家での幾番目かの夜が明け、早朝からテオドールは家を出る。


「借金取りの人が来るまであと三日か……それまでにある程度返せる資金を用意しておきたいなあ」

 朝のさわやかな空気の中、テオドールは街を歩きながら頭の中で借金返済のための計算をしていく。

 

 借金の総額は三千万ゴルドで、現在の所持金はポーションを売って手に入れた五十万×十本で合計五百万ゴルド。

 およそ四分の一を一日で稼いだことになる。


 三十万は今後道具をそろえたり、不意の出費に備えて持っておくことにしている。


「にしても、まだまだだなあ」

 理想としては、一日で全て返せるほどの金額を稼ぎたかった。


 そうテオドールは思っていたが、なんの手持ちのない状態の駆け出しの商人がわずか一日でここまで達成できたのは普通に考えればありえない状況である。


「今日も森にでも……いや、それよりも街中で何か探してみようかな」

 そう呟いたテオドールは、いくつかの店を物色してめぼしい品物にあたりをつけていく。


 家具、武器、防具、雑貨、野菜、肉、小麦、洋服などなど。

 それらを組み合わせや加工などを変えることで高く売れるかもしれないと考えていた。

 市場の相場の勉強にもなるため、物を見る目を鍛える意味でもしっかりと見て回る。


「にしても、腹が減った……あっ! あれ美味そう! すみません、二本下さい!」

 ひととおり見終わったテオドールは朝食を食べていないことを思い出して、匂いに誘われた屋台でボアの串焼きを注文する。


「あいよ! にいちゃん元気なさそうな顔だと思ったら、腹が減っていたのか。こいつはサービスだ持っていきな!」

 ねじり鉢巻きをした犬の獣人の店主はニッと歯を見せながら笑うと、串焼き二本に加えて、モツのソース炒めをおまけしてくれた。


「ありがとう! やった、こいつは美味そうだ。あっ、お金はこれでお願いします。お釣りはいいので……」

「あいよ、まいどあり! ……って、おいおい、こりゃ金貨じゃねえか!」

 おまけ分を支払ったとしても、銅貨数枚で済むところをテオドールは金貨を置いていったため、店主が慌てて声をかけようとするが既に彼の背中は見当たらなかった。


 賢者時代も勇者時代も金に困ることがなく、商人としてはまだまだ未熟なテオドールはお金の感覚が甘かった。

 しかし、同時にこの羽振りのよさも彼の魅力となっていく。


「いやあ、これは美味い! それぞれ違うソースを使ってて、どっちも絶品だ」

 屋台を早々に後にしたテオドールは串焼きとモツ炒めに舌鼓を打ちながら、何か面白いものはないかと歩いている。


 それほど大きい街ではないが、朝から活気があり、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。

 忙しく仕事に追われる大人や、友達と元気に駆け回る子供たち。日向ぼっこをしつつ世間話に花を咲かせる老人たち。

 この街が平和でよいところだと思わせる風景が広がっていた。


「キャアアアアッ!!!」

「……うん?」

 そのとき、そんな喧騒を引き裂くかのような女性の悲鳴がテオドールの耳に届いた。

 穏やかな朝の雰囲気から一転、何が起こったのかと周囲が喧騒に包まれる。


「……あっちか」

 瞬時にテオドールは風魔法を使って足音や悲鳴の主以外の声をシャットアウトして、何が起こったのかを探っていく。

 食べていたものは一瞬のうちに収納されている。


 声が聞こえてきたのは、今いる場所から東の方角だとわかると、テオドールは人ごみを縫うように駆け足でそちらへと向かっていった。


 ただ悲鳴が聞こえただけであればわざわざ首を突っ込むこともなかったが、その声が聞き覚えのあるものだったため、テオドールは急いでいく。


「……いた! おい、何をやってるんだ!」

 テオドールは慌ててかけよると、女性の右手を掴んでいる虎獣人の男の腕を掴んだ。


「ちっ、いてえな! なんなんだてめえは!」

 男は掴まれた痛みで女性から手を離し、テオドールの手を引きはがそうとするがなかなか引きはがすことができない。


 勇者時代の筋力が戻っており、それに加えて魔法で身体強化もしているため、自分より体格のいい大人の獣人相手でも対抗できている。


「いきなり来やがって、離し、やがれ!」

 苛立ち交じりに男が思い切り腕を振って引きはがそうとしたタイミングで、テオドールはぱっと手を離して女性をかばう様に移動した。


「てめえ! 兄貴になにしやがる!」

「ふざけんな!」

 男の取り巻きも声を荒げる。


「テ、テオドールさん?」

 被害にあっていた女性――リザベルトは涙目になりながらも捕まれていた右手を押さえつつ、不思議そうな顔でテオドールを見ていた。


「僕の名前はテオドール、リザベルトさんの友人です。あなた方は一体どういった了見で彼女に手を出そうとしているのですか?」

 努めて冷静に、しかしリザベルトへ絶対に手を出させないという、強い意思を込めた表情で質問をする。


「……はあ? なんにも知らねーで首つっ込むんじゃねえ! 了見も何も、そいつは借金のカタなんだよ! そいつとそいつの母親はエルフの里から抜けて、この街に流れ着く手はずを整えてもらうために大金を借りたのさ! まあ? 母親はどこぞの男と駆け落ちしたみたいでな――あとはてめえみてえなガキでもわかるだろ!」

 男は髭面でモサモサした髪でガシガシと掻きながら、テオドールを睨みつけ、だが律儀に説明をしリザベルトの権利を男が持つという証明書を見せつけてくる。

 その文章の最後のあたりには借金のかたに娘を差し出した母親らしき名が署名されている。


「母様……」

 テオドールの後ろでリザベルトは震えながら悲し気にうつむいて呟く。


「……その借金は一体いくらですか?」

「っ……テオドールさん!?」

 値段を聞くテオドールに、バッと顔を上げたリザベルトは驚いている。

 彼はとんでもないことをやりかねない、そんな彼の質問にはきっと意味があるはずだと。


「一千万だ、ガキにゃあ到底……」

「一千万、わかりました。全額すぐにというわけにはいきませんが、とりあえず手付金として五百万お支払いしますので、残りは僕の借金にするということにできませんか?」

「ほう……」

 明らかにこわもての男を前にして、全くといっていいほどひるむ様子なく、真っ向から交渉をしてくるテオドールに男は興味を持つ。


「テオドールさん!」

 当のリザベルトはテオドールの言葉に信じられないという表情になっており、なんとか止めようと大きな声で名前を呼んだ。


「五百万を即金で払えるのか?」

「今、持っています。どうです? 僕の条件を飲んでくれるのであれば、ここでお支払いしますが……」

 しかし、彼女の悲痛な声は届かず、二人の間で淡々と交渉が進んでいく。


 男の取り巻き、そしてリザベルトは一体何が起こっているのか理解しきれず二人の顔を何度も往復している。



借金:3000万(+1000万予定)

所持金:500万+約三十万(-500万予定)


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