第8話


「こいつを奴隷にすれば確実に儲けることができる。それこそ一千万なんて目じゃないくらいにな……だから、お前が五百万支払ったうえで、お前に一千万の借金が増えるって条件でどうだ?」

 いきなり割り込んできたテオドールの存在に、男は簡単に引き下がる真似はしたくないようでにやりといやらしい笑みを浮かべながら追加の要求を出してくる。


 もし男の条件を呑むとしたら、即決で五百万という大金を支払うにもかかわらず、減るどころか借金は増えてトータルで四千万ゴルドに膨れ上がってしまう。


「えぇ、それで構いませんよ」

 しかし、テオドールの言葉に迷いは全くといっていいほどない。


「「「「…………」」」」

 即答するテオドールに男も、取り巻き二人も、リザベルトも呆気にとられてしまう。


「どうすればいいですか? 五百万はすぐに出せますが、その契約書について手続きをしてもらわないとこちらとしても困ります」

 男たちの反応に構わず、いたって冷静なテオドールは次の話を進めようとする。


「わ、わかった。さすがにこんな場所はどうにもならん、うちの事務所に行くぞ」

「わかりました……リザベルトさん、勝手なことをしてすみません」

 振り返ったテオドールはリザベルトを助けようと思う一心で、自分一人で話を進めてしまったことを謝罪する。


「い、いえいえ、その、驚いてしまいましたが、正直なところをいえばすごく助かりました。ありがとうございます」

 慌てて立ち上がったリザベルトは申し訳なさと安堵が混じった表情で深く頭を下げて礼を言う。


「よかった……」

 大見得きって借金を肩代わりするといったものの、勢いで話を進めすぎたので内心ではリザベルトがどう思っているのかテオドールは不安だった。


「おい、早くこい!」

 借金取りに急かされたテオドールたちは慌てて彼を追いかけて、近くにあった事務所へと入って行く。


「手続きをする前に確認しておきたいんだが、さっきテオドールと名乗ったが……もしかして、テオドール=ホワイトか?」

「えっ? そうですけど、よく苗字まで知っていますね?」

 恐らく今回が初対面である借金取りの男から、ホワイトという家名を言い当たられたため、テオドールは驚いている。


「あぁ、連絡がいっているのかはわからんが、お前には既に父親から受け継ぐ借金があって、その借金の取り立ては俺が行う予定だということだ」

 これで合わせて四千万になるぞ、という意味を込めて借金取りの男はニヤリと笑った。


「あー、それは好都合ですね。複数の人にお金を返すとなるとどうしても煩雑になるので、一人の方に返すほうが圧倒的に楽です」

 四千万という莫大な借金を抱えているという事実を突きつけられても、テオドールからは動揺が全く感じられない。


 むしろホッとしたようにニコニコと笑いながらそんなことを言うテオドールに、部屋にいる全員が唖然として動きを止めてしまっている。


「それで、書類のほうはどうなります?」

 止まっている時をテオドールが動かしていく。


「お、おう、そうだったな。まずはこっちのお前の借金のほうだが、もともと三千万の借金があって、それが今回の追加で四千万になった」

「よんせん……!?」

 衝撃的な金額にリザベルトは思わず声を出してしまう。


 元々の借金が三千万もあったことに驚き、更に一千万の上乗せの借金を恐らく自分よりも年下の少年に負わせてしまった事実に驚き、強いショックを受けていた。だがここで口をはさんでも何もできないため、悔しさとショックのあまり唇をかんでうつむいてしまった。


「わかりました。ここに僕の署名をすればいいんですね?」

「あぁ、そこにフルネームで書いてくれ。使うペンはこれだ」

 ざっと内容に目を通したテオドールはスラスラと自分の名前を記していく。


 書類の内容。


 ・リザベルトの借金を肩代わりして借金が三千万から四千万になったこと。

 ・そのことにより、リザベルトの所有権がテオドールに移ったこと。

 ・週に一度借金の徴収があり、最低一万ゴルドの支払いが発生すること。

 ・払えない場合は十万ゴルドが上乗せされること。

 ・三度払えなければ、奴隷落ちするということ。


 これらが記されていた。


「はい、書けました……他にもあるんですか?」

 借金取りが別の用紙を持って来ているため、テオドールが確認する。


「こっちは、そっちの嬢ちゃんの所有権の書類だ。テオドール、お前が主人になる。この用紙の左下にお前の名前、右側に嬢ちゃんの名前を書けば契約完了だ」

 言われて、まずはテオドールが、次にリザベルトが名前を書いていく。


 署名が終わると、二人の身体がぼんやりと光る。


「これは……」

「この感じは……」

 テオドールとリザベルトは、自らの身体への反応以上に相手との繋がりを感じて顔を見合わせる。


「それが主従契約ってやつだ。本当だったら俺とその契約をかわすはずだったんだけどな。テオドールが肩代わりしたから嬢ちゃんの初めての契約相手がお前になる……なんにせよ、これでお前には嬢ちゃんを養う義務が発生して、借金が増えて返す義務もあるってことだ」


 人一人の人生を背負うことになる。そして、莫大な借金がある。


 借金取りはあえてそのことを口にすることで、テオドールに改めてことの重大さを実感してもらおうとしていた。


「はい、頑張ります!」

 しかし、テオドールは全く気にしていないのか、よほど自信があるのか笑顔で元気よく返事をするだけだった。


「兄貴、金は大丈夫です。500ありました」

 ちょうどそのタイミングで、取り巻きが数え終わった報告をする。


「そうか……じゃあ、もう行っていいぞ。予定の日にはお前の屋敷に取り立てにいくからな」

「はい! それまでに稼いでおきますね!」

 元気にそう言って、テオドールたちは借金取りの事務所を後にした。





 その後、二人はホワイト家に戻って状況整理をすることにする。


「えっと、色々と混乱している最中ではあるのですが、まずは感謝を。危ういところを助けて頂きありがとうございます」

 借金のカタに奴隷となるところが、結果としてテオドールに引き取られている。

 自由や未来を奪われるはずだった自分がこうやっていられることにリザベルトは感謝をしていた。


「いやいや、あんな状況だったら誰でも助けますよ。特に手持ちにお金もありましたから。それに、借金が少し増えたくらい今の僕には些細なことですよ」

 あれほどの金額の借金をしているにもかかわらず、あっけらかんと話すテオドールを見て、リザベルトは一気に肩の力が抜けてしまう。


「薬草の時もポーションの時もそうでしたが、テオドールさんは普通では考えられない、特別な方のようですね……」

 普通の範疇に収まらない胆力と、結果をもたらしているテオドールのことを彼女は改めて評価し直していた。


「……あ、そうだ。テオドールさん、私に敬語を使わなくて大丈夫です。私はこれが普段の口調なのですが、テオドールさんは違いますよね?」

 ここまで余所行きの口調であったテオドールに対して、リザベルトは違和感を覚えており、壁を作らないでいてもらいたいと思っていた。


「それじゃ遠慮なく……とりあえず僕のことと状況について順番に話していくね」

「はい」

 リザベルトは覚悟を決めているのか、姿勢を正し、神妙な面持ちで返事をする。


借金:4000万

所持金:約30万



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