第6話
「ちなみに言っておきますけど、どうやってこんなものを? という質問には答えません」
ニコニコと笑顔で言うテオドールに、リザベルトとギルドマスターは言葉が出なくなる。
「今日の僕は、この品物を買い取ってもらいにきたんです。それで……買ってもらえますか?」
あくまで商売であることを強調するテオドールに対して、見た目はただの少年である彼になぜフルヒールポーションが用意できたのか聞きたくて仕方のない二人。
しかし、テオドールは笑顔を崩さず、ただ次の言葉を待つ。
「はあ……仕方ない、質問するのはやめようかね。もちろん買い取らせてもらうよ。ただこれだけの物ともなると、こっちでも普通に売るのは難しいからその手間賃を考えて少し安くさせてもらうからね」
「えぇ、そのあたりは理解しています」
情報を明かせない怪しいものを買い取ってもらうからには、それくらいのことはテオドールも覚悟している。
(通常のポーションが三百ゴルドくらいだから、百倍くらいで三万ってとこかな?)
「――それじゃ、五十万でどうだい?」
「えっ? 五十万?」
これにはテオドールも驚いた。
「さ、さすがに安かったかい? それでもうちのギルドの財政状況を考えたら、かなりいい値段なんだけどねえ……」
「いやいや、十分ですよ! 思っていたより高かったからつい驚いて……ちなみに、全部買いますか?」
そう言いながら、テオドールはニ十本全てのフルヒールポーションを並べていく。
この時点で双方の価値観にかなりの相違があることにテオドールは気づいていない。
実はフルヒールポーションの作り方の考案者は前世のテオドールだった。
思いつきで作ったものであり、知り合いにいくらか譲ったが流通させたことがなかったため、ここまでの値段がつくことは想定外だった。
「こ、こんなにあるのかね……」
伝説級のアイテムがを並べられたのを見て、ごくりと息をのんだギルドマスターは本数と現在の財政状況を計算していく。
「これで全部です。とりあえず、これは全部置いていくのでお財布と相談して決めて下さい。あ、でも一本分だけは今すぐ払ってもらえると助かります」
「あ、あぁ、わかったよ」
そう言うと、計算に痛む頭を押さえながらもギルドマスターは金をとりに行った。
「……あの、テオドールさんは一体何者なんですか? 商人希望というのはわかっていますが、前回の薬草も、今回のこのフルヒールポーションも、ちょっとありえないです……」
ただの商人希望の少年、それだけでは現しきれない計り知れなさをテオドールは持っている。
そんな彼をリザベルトはどこか警戒するようにじっと見つめていた。
口にはしていないが、今もリザベルトは鑑定をテオドールに対して使っている。
だが、何も情報を得ることができなかった。
「あー、リザベルトさんの鑑定でも僕のことはわかりませんでしたか。それはよかったです」
テオドールは鑑定を使われていることをわかっていたが、あえて何も言わずにいた。
そうすることで彼女のように鑑定を使ったとしても、自分の素性や能力がわからないならば、今後も安心できると踏んでいた。
「もう! ……って、私が鑑定を使っていたことわかっていたんですか?」
「えぇ、それはもう。鑑定を使う時に魔力が目に集まるのはわかっていたので、今も同じだなと」
自らの目を指さして、にっこりと笑ったテオドールは素直に彼女の質問に答えた。
「魔力の流れが見えるんですか? すごい……」
自分のものではなく、他人の魔力の流れを目で見ることができる――それはこの世界では特別な力を持っていなければできないことである。
「まあ、それくらいなら。でも、見えるという話なら鑑定を使えるリザベルトさんのほうがよっぽどすごいですけどね」
テオドールはただ魔力が見えるよりも、実際に有用な力である鑑定能力のほうが特別だと、褒めたたえる。
「い、いえいえ、そんな私なんて!」
リザベルトは思わず褒められたことで顔を赤くする。
そんなやりとりをしているとギルドマスターが戻ってきた。
「おや? おやおやあ? ――ひっ!」
ギルドマスターは顔の赤いリザベルトを見て、何かがあったと察して勘繰ろうとするが、テオドールが笑顔をたたえたまま鋭い視線を向けていることに気づいてすぐに中断する。
「ゴ、ゴホン、金が用意できたぞ。さすがに一本分というのも申し訳ないし、かといって全ての金額を払うのも大変だ。というわけで半分の十本分でどうだね?」
ギルドマスターの隣には、金の入った大きな袋を持ったレイクが立っている。
「ん」
そして、その袋をぶっきらぼうな動作でテオドールへと手渡した。
「おっと、これはかなりの重量ですね。でも、ありがたいです。それで、どうしますか? 残りの十本は持ち帰りましょうか? それとも、あとで支払われます?」
金の入った袋を自分のバッグの中にしまうと、商売は終わったと判断したテオドールは残った分のポーションに手を伸ばそうとする。
「む、むむむ、そうだねえ……いや、今回は十本にしておくよ。金を払わないで品物だけ受け取るのはよくないことだからね。それに、まずはこの十本が売れるかどうか、そこからだね――こちらとしてもいいものがあっても売れなきゃ困るんだ」
その返事を聞いて、テオドールは良い相手と商売ができたと満足そうに頷く。
「さて、それじゃあ俺はそろそろ帰りますね。そろそろ暗くなりそうだから……」
「是非またいらっしゃって下さい!」
「そうだね、またいい出物があったら持ってきておくれ」
テオドールが帰り支度をすると、リザベルトもギルドマスターも笑顔で見送る。
二人とも彼のことを上客であると認識しており、今後も長い付き合いができればと考えていた。
「はい、またよろしくお願いします」
テオドールとしてもそれは願ったりかなったりであるため、丁寧にお辞儀をしてから店を出ていく。
日は完全に落ちており、やや肌寒くなってきていたが、それに反してテオドールの懐はわずか一日で温かくなっていた。
「さーて、次は何で稼いでいこうかな?」
店舗を持っておらず、在庫も大きく抱えているわけではないため、自由に動くことができるのがテオドールの強み。
だからこそ、何から手をつけてもいいという自由な状況はテオドールをワクワクさせていた。
借金:3000万
所持金:500万+約30万
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