第08話 アンタが無理矢理できるようにだよ!

 扉を開けると、とんでもない格好のスフィアが目に飛び込んできた。

 スフィアのうしろにはプラウが居て、なにやら騒がしい。


「なにやってんだ?」


 俺の問いかけにようやく二人は視線をくれる。


「なにって、その」


 スフィアは頬を赤らめて下を向いた。彼女の手はうしろで縛られていて、プラウのコードが巻き付けられていた。そのうえ制服ははだけられていて、白のパンティとブラジャーが露出している。あのパッケージの状態である。


「スフィアさんは、覚悟を決められたそうです」

「は?」


 間抜けな声を出してしまう。


「いや、無理なんじゃないの?」


 俺の問いかけに、間を置いてからスフィアが躊躇ためらいがちに音を紡ぐ。


「その、アンタが、プラウやレッカ、あとイザナイにも優しいって聞いたから、さ……」


 イザナイとは、すぐに足が痺れる枕のことだ。一般のご家庭では枕の太ももに頭を置いて寝るのだが、彼女は足が痺れるのでそれができない。最終的に尻の上に頭を置いて寝ると言うことで落ち着いた。彼女が眠りこけて寝返りを頻繁ひんぱんに打つせいで俺が起きるという不具合もあるが、一応枕としての機能は果たしているので不良品扱いはしてない。彼女が優秀に見えるのは、プラウとレッカのおかげである。


「優しいと、いいのかよ?」

「良くねえよ!」

「ないのかよ!」

「うっさい!」


 顔は真っ赤っかだが、威勢はいつも通りだ。


「とにかく、アンタが物を大切にしてるってのはわかったし、その、あたしだって別に、嫌がらせをしたくてアンタを嫌ってるわけじゃあないから、その、あたしが克服できたらその方がいいんだろ?」

「そりゃあいいけどさ。でもなんでたってそんな格好なんだ?」

「アンタを欲情させるために決まってんだろ!」

「そっちじゃない。いやそっちもだけど、なんでプラウに縛って貰っているのか」

「あたしが……!」


 彼女は細い指をきゅっと握る。


「あたしが、嫌がっても、アンタが無理矢理できるようにだよ!」


 スフィアは真剣なまなざしで俺を見る。

 それは霜柱のように静謐せいひつで、かすかな温度で溶けてしまいそうな危うさを漂わせていた。


 こんなキッチンの壁際で、無理矢理少女を犯すようなまね、できるかよ。けれどもしかし、彼女は覚悟している。オナホとして生まれたことと男性恐怖症であることの両方を受け入れ、境遇を呪わず、前を向こうとしている。


 翼の折れた鳥を思い出す。鳥は羽ばたいてこその鳥だ。それができなくなったあいつは、死期が近いことを悟っていただろう。だからあんなにも堂々と俺の目の前を通りすぎたんだ。スフィアもおそらくは自分が役目を果たさなくてはいけないことを知っている。さもなくば捨てられることも。


 ならば、覚悟が揺らぐ前に、やることをやろう。


 意を決して彼女の細い肩に触れる。ビクッと肩が震える。長い金髪が揺れる。彼女を見ると歯を食いしばって必死に耐えていた。俺は綺麗な胸に顔を埋める。


 ——ぽたぽた。


 雫が俺の頭頂部を濡らした。

 顔を上げると、スフィアが瞳から大粒の涙をボロボロと零していた。目が合って、彼女はかぶりを振る。


「違う! 違うってば! これは! 続けていいから!」


 必死な口調で急かす。胸が締め付けられたが、俺は言われるままにもう一度彼女の胸に顔を近づけるが違和感を覚える。ちょっと触れただけなのに肌が赤くなっている。よく見ると皮膚がデコボコに膨らんでいる。——え。これ、蕁麻疹じんましんだ。


「蕁麻疹が出てる。やめよう」

「え? え!? そんな!」

「慌てるな。大丈夫だ、す——」


 捨てないから。そう言いかけて思い留まる。

 彼女は最初になんて言っていた? プラウとレッカとイザナイに聞いたと言っていたよな。初めから俺が捨てないってわかっていたんじゃあないか。

 これは、俺のためとか、そう言う安っぽいお話ではない。彼女は自身のアイデンティティを自分の力でなんとかしようとしていたのだ。


 彼女を労うために頭を撫ぜてやろうとしたが、手が止まる。

 蕁麻疹が増えるだけだろ。わかれよそれくらい。俺はアホか。

 泣いている女の子のその涙を拭ってやることすら許されない。俺は俺の胸を締め付けるので精一杯になってしまう。


 鳥は羽ばたけなくなったら鳥ではないのか。それでもテセウスの船は変わらずテセウスの船だというのに。

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