第312話 ともに生きる道

 俺たちの住む世界を破壊するために生まれてきた存在。

 ライネリアは、【最弱聖剣士の成り上がり】における自身の立ち位置をそう語った。


 ……実際、その手のキャラは少ない。

 世界を滅ぼそうと強大な力を振るうが、最終的には主人公たちに敗れる――ある意味では王道と言っていいキャラ造形だ。


 しかし、ライネリアの場合はその登場があまりにも唐突すぎる。

 この世界に生まれた時から、ただ世界を破壊することだけを使命に生きてきた。どこからともなく現れて、なんの脈絡もなく原作主人公ラウルと対立し、そしてまさかの勝利。世界はライネリアによって滅ぼされて作品は幕を閉じる。


 これが【最弱聖剣士の成り上がり】のオチらしいが……これでは到底読者は納得できないだろう。

 ライネリアはそこまで語っていなかったけど、作者のSNSだったり、投稿サイトの感想欄は大荒れになったなっていうのは容易に想像できる。


 ただ、そうまでして作品を終わらせたいほど、作者が追い込まれていたのだというのもひとつの事実。

 書籍化が決定した時にはあれだけ嬉しそうにしていたというのに……まあ、打診が来ても改稿作業の大変さから途中で投げだす人も少なからずいるっていうし、もしかしたら、この作者も編集との意見の相違で思った作品が描けなかったのかもな。それはそれで、商業作品を手掛けようというにはちょっと繊細すぎる気がしないでもないが。


 ……まあ、今は作者の心情なんてどうでもいい。

 原作の流れに従って、何度も世界を破壊しようというライネリアの暴走を止めなくちゃ。


「ライネリア……どうしてもこの世界を破壊しなくちゃいけないのか?」

「それが私の生きる意味だから」


 平坦なトーンで言い放つ。

 ……そりゃそうか。

 どんな悪役にだって、悪事を働くには理由がある。

 楽をして金を儲けたいとか、欲しい物を奪い取りたいとか、そうした欲望めいたものがあるのだが、ライネリアの場合はそれがない。


 生きるために呼吸や食事をするように、彼女にとって破壊とは生きることと同義。

 それを奪われるのは処刑宣告されるようなものだ。

 ……なんとも厄介なキャラを生みだしてくれたものだよ。


 ただ、さすがにこのままというわけにはいかなかった。

 俺たちの住む世界が破壊されるのは嫌だし、何より彼女自身が無理をしているように見えて仕方がなかった。


「ライネリア……やり直すことはできないのか?」

「えっ?」

「俺がもともと暮らしていた世界――あそこなら、君をその負の連鎖から救えるかもしれないんだ」

「な、なぜそのようなことが……」

「とても頼りになる仲間たちがいるんだ」


 ティーテ。

 ラウル。

 ジャーヴィス。

 ユーリカ。

 アンドレイ。

 マデリーン。

 クライネ。


 みんなと一緒ならば、きっとライネリアも救える。

 俺は本気でそう考えていた。


 ――いや、それだけじゃない。


 マリナ。

 プリーム。

 レベッカ。

 レイナ姉さん。

 両親。

 テシェイラ先生。

 ウォルター先生。

 アビゲイル学園長。

 

 数えだしたら、キリがない――それくらいたくさんの人たちが、きっとライネリアのために協力をしてくれるはずだ。


「君がもし、破壊することだけでしか生きる意味を見出せないというなら……俺たちが君の生きる意味を一緒に探す」

「バ、バレット・アルバース……」

「だから、俺たちの世界を破壊しないでくれ。作者はもう終わりにしてしまったかもしれない世界だけど――俺たちはまだこの世界で生きているんだ。俺はこれからも、ティーテやみんなと一緒に生きたい。そこに、君も加わってほしいんだ」

「わ、私が……?」


 俺の言葉を受けて、ライネリアの頬から一筋の涙がこぼれ落ちる。

 彼女の心は、今大きく揺らごうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る