第277話 ラウル、二度目の暴走

 魔術師マーデンにはまだ切り札があるようだ。

 ――とはいえ、それがなくても俺たちにとって不利な状況は続いている。

 なぜなら、マデリーンとジャーヴィスはまだ敵の手中にあったからだ。


 今はまだマーデンが余裕を見せているため、目立った動きを見せていないが……もし、旗色が悪くなれば人質として利用するだろう――たとえ自分の娘であっても。


 もっとも避けたい事態が来ないよう、俺は密かにジャーヴィスへ目配せをする。それを受け取ったジャーヴィスは静かに頷き、それとなく一緒に囚われているマデリーンへサインを送った。


「っ!」


 マデリーンもこちらの狙いを把握したようで、マーデンとラウルの戦いに集中。

 あのふたりなら、一瞬の隙をついて逃げだせるだろう。これまでは助けがいなかったからためらっていたのだろうけど、今なら俺たちがフォローできる。


 あとはいかにしてその一瞬の隙を作るか、だが……


「うおおおおおおおおおっ!」


 それよりも、ラウルが心配だ。

 前の時のように、魔剣に心が蝕まれ、暴走しかけていた。


「見かけによらず、随分と乱暴な少年だな」

 

 マーデンも呆れ気味に言い放つ。

 確かに、今のラウルは何もかもが力任せだった。


 いつものラウルらしくない。

 それは、時間の経過とともに強くなっていた。


「ど、どうしちまったんだよ、ラウルのヤツ……」


 動揺するアンドレイ。

 そういえば、彼はラウルの暴走事件の時にまだ知り合っていなかったな。恐らく、噂くらいは聞いたことがあると思うけど、詳細な事情を知らないまま、こうして実際に目の当たりにすると立ち尽くすしかなくなるよな。


 一方、アビゲイル学園長は冷静に事態を見守っていた。

 さまざまな「予想外の事態」が同時進行している――ここで判断を誤れば、最悪の未来が待ち受けているとよく分かっているのだ。


 俺も同じで、ジャーヴィスやマデリーンの動きを注意しながら、ラウルとマーデンの戦いを見つめている。


 ――やがて、ふたりの戦いに動きがあった。


「そろそろその品のない攻撃をやめてもらおうか」


 力任せの猛攻に耐えかねたのか、それまで防戦一方だったマーデンはラウルと距離を取って魔法を放つ。

 ヤツが放ったのは炎魔法。

 無数の炎の矢が、ラウルへと向かって飛んでいく。


「ラウル!?」


 あれだけの数をよけきるのは、スピード自慢のラウルでも難しい。どう足掻いても、怪我は避けられない。

そう思った直後、爆発的に増える魔力を感じ取った。

マーデンを遥かに凌駕する魔力だ。


「ラ、ラウル……?」


 明らかにラウル放たれているその魔力――だが、これまでのラウルの魔力とまったく異質の存在。

 そんな俺の困惑をよそに、ラウルはまるで目の前を飛ぶ羽虫を追い払うように、軽く手を振っただけで次々と炎の矢を落としていく。


「なんだと!?」

 

 これまでの余裕な態度が崩れ、明らかに動揺を見せるマーデン。

 その間に、ジャーヴィスとマデリーンは急いで父親たちのもとから離れた。


「あっ!」

「ま、待て!」


 人質に逃げられたことですぐに追いかけようとするが、それを俺が間に入って止める。


「無駄だ。あきらめろ」

「ぐっ……」

「バレット・アルバース……」


 勝負あり、だな。

 ――しかし、正直なところ、状況は最初の時よりもずっと悪化している。


「あああああああああああああっ!」


 原因は分からないが、再び暴走したラウルを止める必要があるからな。


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