第267話 救出

 突如襲ってきた体の異変。

 

「くっ……」


 ダメだ。

 だんだん思考能力も削り落ちていくのが分かる。ジャーヴィスの姿が見えなくなったことも気がかりだし……くそっ! 目眩までしてきた!

 原因は、どこからともなく立ち込めてきた謎の霧。

 こいつが書庫内に充満しつつあったのだ。

 これは明らかに何かしらの魔法がかけられている――にもかかわらず、俺たちは誰ひとりとしてその気配を感じ取ることができなかった。


「み、みんな……」


 俺だけじゃない。

 ティーテも、ラウルも、ユーリカも、アンドレイも、クライネも――みんな俺と同じ状況だった。なんとか踏みとどまって立ち上がろうとするのだが、俺の体は意思に反してピクリとも動かない。

 これだけの人数にこれだけ強力な効果を与える魔法……扱える者は限られるだろう。


「こんな……ところで……」


 聖剣を杖のようにして、俺はなんとか立ち上がる。力なく垂れる首をなんとか起こして前を見ると、そこには俺と同じように、この状況でも再び立ち上がる者がいた。


「バレット……様……」


 ラウルだ。

 魔剣を手にするラウルは歯を食いしばり、最後の力を振り絞って魔剣に魔力を注ぎ始めていた。

 ……無茶だ。

 俺だって立っていられるのがやっとって状況なのに、そこから魔力をひねり出して魔剣に注ぐなんて――下手をしたら、命にもかかわるぞ。

 しかし、ラウルは止まらない。

 彼の性格を考慮して、今の思考を予想するなら、


『僕はどうなっても構わない! みんなを助けないと!』


 って、ところかな。

 さすがは原作【最弱聖剣士の成り上がり】における主人公だ。

 その思考は、ラウルがヒロインを助けだす時に必ずと言っていいほど出てくる。ヒロインたちはそんな彼に惚れて、ハーレム要員となるのだ。

 もちろん、この場で対象となっているのは女性キャラだけじゃなく、俺やアンドレイも含めた全員になるだろう。


 ここで、ラウルは俺が立ちあがっていることに気づく。

 魔力を集中させ、壁をぶち破ってここから脱出をしようってことらしいが……それならひとりよりふたりの方がいい。

 俺はラウルに目配せをすると、聖剣を構える。

 そして、視界にティーテを捉えた。

 霧の影響で意識が朦朧としているティーテは、そっと手を差し伸ばす。俺は膝をつき、その手を左手でしっかりと握り、反対の右手に持つ聖剣へ魔力を込めた。


 もはやひと言たりとも発せられない。

 それほどギリギリまで追い詰められた俺たちだが――実行するのに言葉はいらなかった。アイコンタクトだけで十分だ。


「「っ!」」


 俺とラウルは、それぞれ聖剣と魔剣に込めた魔力を一気に開放する。その膨大な力は矢のように壁を伸びていき、とうとう突き破ったのだ。


「大丈夫かぁ!」


 そこから、学園の職員たちが書庫中へと雪崩れ込んでくる。怪しげな霧の存在に気づくと、すぐさま風魔法を駆使してそれを振り払った。


「もう心配はいらないぞ!」


 そう言って励まされるが……まだ何も解決していない。

 マデリーンに続いて、ジャーヴィスまで行方不明となったのだ。

 俺たちは一旦書庫から救出されるが――このまま終わるわけにはいかない。

 なんとしても、消えたふたりの行方を追わなくては。

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