第248話 裏設定

 気絶している黒幕の男を尻目に、俺は話を続ける。


「連中が俺を狙っているというのは理解した。――だが、なぜおまえがここに?」

「えっ? う~ん……言っちゃっていいのかなぁ~?」


 はぐらかすように体をくねらせながらそんなことを言う【この世界を知る者】――こちらを挑発しているつもりなのか?


「まあ、いっか。予想以上に頑張ってくれているみたいだし、サービスでちょっとだけ教えてあげる」


 てっきり、そのまま有耶無耶にするつもりなのかと思いきや、ちょっとだけ教えてくれるらしい。……本当に、何を考えているか分からないな。だからこそ、その言葉のひとつひとつをしっかり聞いて、裏に隠された意図を把握する必要がある。


「あなたは……この世界の人々のことをどれだけ知っている?」

「何?」


 質問の意味を理解しきれず、思わずそう返した。


「たとえば愛しのティーテ・エーレンヴェルク……彼女についてどこまで知っているの?」

「ど、どこまでって……」

「ラウルについても、ジャーヴィスについても、他のキャラクターについても――あなたはそのすべてを理解しているわけじゃない。知っているのはあくまでも表に出ているだけの情報のみ。そうでしょう?」

「……どういう意味だ?」

「言葉のままよ」


【この世界を知る者】が俺に語った内容――それ自体は、まったく理解できないことではなかった。……しかし、それだとまるで、


「俺の知らない顔があるって言いたいのか?」

「そう。それが――《裏設定》よ」

「裏設定?」


 裏設定とはつまり……本編では語られていないけど、存在自体はしているという設定か。

 って、それなら、


「そんな情報を俺が知り得るわけがないじゃないか」


 俺はあくまでも一般読者だ。

 把握できる情報には限りがある。

 ただ、特にこの【最弱聖剣士の成り上がり】はお気に入りの作品だったため、作者のSNSを追っかけたり、投稿サイトの近況報告をチェックしたりして情報収集を欠かさなかった。それでも、作者しか知らないような設定があるとするなら、それを知ることなんてまず不可能だろう。


「……作者しか?」


 思考と動作が同時に止まった。

 裏設定のことを口にしたってことは……まさか、


「おまえの正体は――」

「あっ、先に言っておくけど、私は作者じゃないからね」

「えっ!?」

 

 先手を取られた。

 って、待てよ。

 だったら、【この世界を知る者】の正体って、一体何なんだ?


「おまえは……一体誰なんだ?」

「その質問には答えかねるかなぁ」

「ふざけるな!」


 俺は聖剣を構える。

 猛烈に嫌な予感がした。


 せっかく――せっかく、周りが良い方向へ動きだしたというのに、目の前にいる謎の存在によって、それらすべてが破綻してしまうような……


「血気盛んね」


 俺の動揺をあざ笑うかのように、【この世界を知る者】は踵を返した。


「まだその時じゃないわ。……あと、そこに寝転がっているのはそっちで処分しておいてね」


 今回の事件の黒幕と思われる男に蹴りを一発かましてから、【この世界を知る者】はどこからともなく巻き起こった風とともにその姿を消した。


「一体……何を企んでいるんだ……」


 言い知れぬ不安を抱きつつ、俺はヤツの正体に迫らなければいけないという新たな使命を胸に刻んだ。

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