第217話 舞踏会直前

 せっかくの学園舞踏会当日だというのに、悪い夢のせいで目覚めは最悪なものとなってしまった。

 ここは気持ちを切り替え、生徒会長としてみんなが楽しめるようにしっかり舞踏会を盛りあげていかなくては。

 そんな強い気持ちで挑む舞踏会の会場へ、俺たち生徒会役員は他の学生たちより一足早く入る。すでに会場は昨日のうちにセッティングし終わっており、あとは開催を待つだけとなっているが、実際に運営する俺たちは段取りの最終的な打ち合わせを行う必要があるため、こうして集まったのだ。

 ちなみに、この場には学園騎士団のメンバーも揃っていた。


「――というわけで、いいかな?」


 ひと通り説明を終えて、それぞれの役割を確認する。

 全員が自分の持ち場を改めて把握し、それが終わると実際にその場へと配置を開始。

 そのメンバーの中に……当然ながらマデリーンの姿もあった。


「…………」

「? どうかしましたか、バレット先輩」

「ああ、いや……なんでもないよ」


 いかん。

 どうにも昨日の夢がチラつく。

 あの夢の俺――原作のバレット・アルバースは、怯えるマデリーンに剣を振るった。前後の展開が不明のため、どういった流れであのような場面に行き着いたかまでは分からない。ただ言えることは……あの時のバレットは、凄まじい悪意に満ちた顔をしていた。


 自分からすべてを奪ったラウルへの復讐なのか?

 しかし、そのような展開は……原作ファンの望むものとはかけ離れていると思われる。


 それでは、いわゆる「ざまぁ」作品の路線から逸れてしまう。あれは主人公が悪党を強大な力で圧倒していくから、読者はカタルシスを覚えるのだ。


「路線変更? ……まさかな」


 あの展開が読者にウケたからこそ、書籍化もコミカライズも決まったし、アニメ化の噂が囁かれているんだ。その長所をぶん投げるようなマネはしないだろう。


 じゃあ……あの夢は……


「バレット? 大丈夫ですか?」


 深く考えていた俺は、気づかぬうちに俯いており、そこへティーテがひょっこりと顔をのぞかせた。


「! い、いや、なんでもないよ。心配をかけてゴメン」

「い、いえ、何もないならそれでいいんです」


 またもティーテにいらぬ心配をさせてしまった……猛省しなくては。

 とはいえ、あの夢と原作の展開が気になるのもまた事実。

 少なくとも、こちらの世界で俺がマデリーンをあんな風に追い詰めることは天地神明に誓ってあり得ない。

 けど……ならばなぜあんな夢を見る? 

 それと、未だに正体が分からない「この世界を知る者」との関連性は?


 ……ダメだ。

 また考え事をしかけた。

 今は舞踏会に集中をしなくちゃ。



 段取りの確認が終わると、女性陣はドレスを着用するため一旦離脱。

 残った男子組――俺とラウルとアンドレイの三人は、学園の中庭でちょっと休憩。

 その時、


「バレット様は、卒業後の進路はお決まりですか?」


 ラウルが唐突にそんなことを尋ねてきた。


「卒業後か……」


 原作では王からの命を受けて旅に出るのだが……こっちの世界ではどうなのかな。

 やはり、そのような展開になるのかな。


「ラウルは騎士団だろう?」

「そういうアンドレイだって、同じじゃないか?」

「まあな」


 楽しそうに会話をするラウルとアンドレイ。

 未だにラウルは俺に対して敬語なんだよなぁ……タメ口でもいいと言っているのだが、「返しきれない恩がある」とかで名前の様付けも継続だし。

 まあ、本人がそちらの方がいいというなら、そのままでもいいか。


 しばらくすると、女性陣の準備が整ったという知らせが入ったので、再びダンスホールへと戻る。他の学生たちも、この場に集まりつつあった。


 いよいよ始まる舞踏会。

 ……何事もないことを切に祈るよ。

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