第216話 悪夢、再び

 また、夢を見た。

 この夢でも、前に見た時同様、俺は客観的にバレットの姿を見ている。そのことから、俺はこの夢を原作の続きと捉えていた。


 場所はどこかの廃墟。

 その場にいるのはふたり。

 ひとりは原作版バレットで、もうひとりは――マデリーンだ。


「はあ、はあ、はあ……」


 マデリーンはひどく焦っているように映った。

 吐く息も荒く、よく見たら怪我もしている。

 一方、バレットは手にした聖剣をじっくりと眺めていた――が、その聖剣には違和感を覚える。

 ……そうだ。

 色が違う。

 俺の持っている聖剣とは違い、バレットが今持っている剣は真っ黒。あれではとても聖剣とは呼べない。それこそ、ラウルの持っている魔剣という表現の方がしっくり合いそうな外見をしていた。


 そんな剣を持つバレットと傷ついたマデリーン。

 両者の状態から、この場で起きた状況がおぼろげながら浮かんできた。


 マデリーンはバレットによって追い込まれている。

 怯えながら、許しを請うマデリーン。

 そんなマデリーンを冷めた目で見下ろすバレット。


 何もできないと分かっていながらも、俺は叫ばずにはいられなかった。

 ――むろん、その叫びは届くはずもない。

 それでも、何か状況が好転するのではないかと、一縷の望みに賭けて叫び続けた。



「やめろぉ!」



 ハッキリと声が出たと思った瞬間、俺は目覚めていた。

 荒れる息を整えつつ、俺は夢でよかったという安堵感とともに、あれが原作の流れだとするなら、なぜあのような展開になったのか考える。


【最弱聖剣士の成り上がり】の主人公はラウルだ。

 それに対し、原作での俺のポジションは「ざまぁ」される単なるやられ役。ラウルとシェルニの仲を急接近させるための舞台装置でしかない。


 それなのに、さっきの夢の光景――あれではまるで、バレットが復讐鬼になって主人公たちに襲いかかるって構図に映る。

 まさか、原作でそのような設定の変更が?

 しかし、それで読者はついてくるのか?

 あの作品は、これまで虐げられてきたラウルによる逆転劇という痛快さがウケていたはずなのだが。


 夢の内容について分析していると、部屋の外からバタバタとこちらに向かって走ってくる足音が聞こえる。

 あぁ……さっきの声を聞かれたか。


「「「バレット様ぁ!?」」」


 予想通り、マリナ、プリーム、レベッカの三人が血相を変えて部屋へと入ってきた。


「さっきの叫び声は!?」

「大丈夫ですかにゃ!?」

「不審者はただちに処分しますので!」

「お、落ち着いてくれて」


 案の定、みんな取り乱している……特に最後のレベッカに関してはめちゃくちゃ物騒なことを口走っているし。


「ちょっと変な夢を見ただけさ」

「変な夢って……あんなに叫ぶほどの夢ですか?」

「あぁ、そうなんだ。――実は、ティーテに振られる夢だったんだ」

「「「それはあり得ないので安心してください(にゃ)」」」


 ピッタリ声が合った。

 本当に仲がいいね、君たち。


「ティーテ様が今のバレット様を嫌うなんてありえません」

「そうですね」

「にゃっ!」


 レベッカとマリナの言葉を受けて、プリームがうんうんと頷く。

 ――確かに、今ならそう言えるだろう。

 しかし、原作では過去のバレットのまま時間は過ぎていき、最終的に愛想を尽かされてしまうのだ。その果ての未来が……さっきの夢。


「さあ、バレット様! 本日の舞踏会に向けた準備をしませんと!」

「おっと、そうだな」


 マリナにせっつかれて、俺はようやく今日が大事な学園舞踏会の当日だということを思い出した。

 ともかく、今は目の前の仕事に集中しよう。

 考えるのはそれが終わってからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る