第214話 ジャーヴィスの気持ち

 学園舞踏会の開催まであと数日。

 この頃になってくると、学園の女子たちはある話題で大変盛り上がる。

 それが――舞踏会に着ていくドレスだ。


「今年もお母さまと一緒に選ぼうと思って」


 生徒会室で、ティーテはそう語った。

 リリア様が選んだドレスかぁ……そういえば、学園祭の時はティーテのドレス姿を見て昇天しかけていたな。あれが引き金となり、さらに気合を入れてドレス選びをするだろうから……下手したら死ぬんじゃないか?


 そんな心配が脳裏をよぎる中、教室を見渡せばあちこちで男女が話し合う姿が見られる。

 この時期に男女での会話――それは、お互いが特別な関係であることを示唆していた。

 学園内には、俺とティーテのように婚約関係にある者もいるので、その辺のカップルは公認扱いだが……問題はそれ以外。

 例えば、ラウルとユーリカとか。

 

「ねぇ、ラウル。今年は私もドレスを着ようと思っているんだけど……」

「ユーリカなら何を着ても似合うよ」

「そういうのが一番困るんだけどなぁ」


 そうは言いつつも、顔は綻びっぱなしのユーリカ。

 ふたりの仲睦まじい光景を眺めるのは、舞踏会でのパートナーが決まっていない組だ。

 まあ、相手が最初から決まっている者以外は、当日ダンスに誘ったりして舞踏会を楽しむことになる。一応、学園の授業のひとつにダンスが入っているので、みんなひと通りは踊れるはずだしな。



 授業後。

 この日は間もなくに迫った舞踏会当日の動きを確認するため、生徒会室で学園騎士団を交えながら会議を行った。


「――以上が、大まかな当日の動きだ」


 黒板にまとめておいた生徒会の動きや学園騎士団の配置に関する決定事項を通達する。

 とはいえ、俺たちがやることはそれほど多くはない。

 これはアビゲイル学園長の「君たちも学生なのだから楽しみなさい」という配慮から来るものであった。

 それに加えて、去年の合成魔獣乱入事件の影響で今年は来賓が少なく、おまけに本職の王国騎士団から警護が数名やってくるとのことで、仕事量が激減していたのだ。


 そのため、俺たちの話題は舞踏会の楽しみ方へと変わっていた。


「私も今年は気合を入れる予定です」


 そう語ったのはマデリーンだった。

 しかし……大丈夫なのか?

 ハルマン家が貴族の地位をなくしてから、かなり生活が大変と聞いていたのだが……


「あっ、もちろんドレスは学園が貸し出してくれるものですけどね。問題は着ている私自身なんですよ、バレット会長!」


 俺の表情から、考えていることを読み取ったらしい。

 でもまあ、その心意気は大事だと思う。

 実際、ドレスばかりが華美で目立っても、中身が伴わなければ意味がないと思うし。


「必ずや、富と地位を築き上げている素敵な殿方の心を射抜いてみせますよ」


 高らかに宣言するマデリーン。

 ……たくましくなってくれて嬉しいよ。


 そんな調子で、みんな舞踏会に向けて楽しげに話していたのだが――ただひとり、浮かない顔をしている者が。


「どうかしたのか、ジャーヴィス」

「えっ?」


 それはジャーヴィスだった。


「いや、ちょっと元気がないように見えて」

「ははは、そんなことはないよ」


 笑顔を見せるジャーヴィスだが……どこかぎこちない。

 その時、マデリーンが決定的なひと言を放つ。


「そういえば、ジャーヴィス先輩はドレスってどうするんですか?」

「えっ!?」


 驚き、慌てふためくジャーヴィス。

 ……そうか。

 去年までは性別を隠していたけど、すでに去年カミングアウトしたからな。

 変わらず男としての立場で出るのか、ドレスを着て女子として参加するのか――果たして、ジャーヴィスはどちらを選ぶのだろうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る