第212話 マリナ、不覚
生誕祭を終えた俺は寮の自室へと戻ってきた。
「ただい――まっ!?」
部屋に入って早々、俺は思わぬ事態に遭遇する。
「あっ、おかえりなさいませ」
いつも通り、メイドのマリナが俺を出迎えてくれる――が、その瞳は涙で濡れていた。そういえば、プリームとレベッカがいない……まさか、喧嘩でもしたのか?
「マ、マリナ!? 何かあったのか!?」
「えっ? ――あっ」
俺が慌てて尋ねると、マリナは目元を指でなぞり、そこでようやく自分が涙を流していることに気づいたらしい。
「も、申し訳ありません、バレット様!」
「い、いや、謝らなくてもいいけどさ。……何があったんだ? それに、プリームとレベッカはどこに?」
「そ、それは……」
言いにくそうに口ごもるマリナ――が、その涙の理由は俺の想像とはまるで違ったことが原因であった。
「しょ、小説?」
「はい。今話題の恋愛小説を読んでいまして……感動のあまり涙を……」
「そ、そうだったんだ」
なんでもなかったようでひと安心だ。
ちなみに、姿の見えないふたりについてだが、プリームの格闘鍛錬にレベッカが付き合っているとのこと。
「作者は誰なんだ――《鋼姫》? 聞いたことのない名前だな」
「なんでも、遠くの大陸にお住いのドワーフ族らしいですよ」
「ドワーフ族か……イメージ的には鍛冶職人って感じがするけど、本を書いたりするのはちょっと意外だな」
それに、俺たちの住んでいる大陸には、モンスターこそよく話題に上がるが、亜人の数はかなり少ないないとされていた。だから、比較的人間との接点も多い、プリームのような獣人族でさえかなり希少な存在なのである。
「ちなみになんだけど、それってどんな話なんだ?」
「……純愛なんですよ」
うっとりした表情で語るマリナ。
そうだった……彼女はちょっと少女趣味があるんだよな。
前にレベッカから聞いたんだけど、マリナは男からもらって嬉しいプレゼントにオリジナルのポエム集やオリジナルソングを挙げたらしい。
「そ、そうなんだ」
「愛し合うふたりの前に立ちはだかる障害……それを乗り越えようと奮闘する姿……涙を禁じ得ませんよ」
「障害って、具体的にどんな? あっ、身分の差とか?」
「それは――い、いえ、その……」
なんだ?
さっきまで饒舌に語っていたのに、急にどもり始めたぞ?
……まさか、
「マリナ……その本って、成人指定じゃないよな?」
「ちっ、ちっ、違いまっす!?」
微妙に活舌がおかしいんだけど……まあ、さすがにあのマリナが未成年である主人の部屋にそのようないかがわしい本を持ち込むとは考えづらいか。
「わ、分かった。すまない。俺の勘違いだったみたいだ」
「い、いえ、こちらこそ取り乱してすみませんでした。あっ! 今コーヒーを淹れますね」
「ああ、頼むよ」
コーヒーを淹れるためマリナは退室。
俺は明日の準備をするため、予定表を確認していたのだが――その時、ふとテーブルの上に置かれたままとなっている例の本が目に入った。
特段気にはならなかったが、背表紙に短い文であらすじが書かれているのを発見し、どんな内容なのか、目を通し見る。
どうやら、話の大筋としてはさっき俺が言ったように身分の差による悲恋をつづった作品のようだ。
「やっぱりこういうのに憧れるのかな――うん?」
あらすじを読んでいた俺はある違和感を覚える。
それは主人公とその相手となる想い人の名前だった。
「これ……どっちも男の名前じゃないか?」
思わずそう口にした直後、背後で「ガシャン!」という音が。
そこにはコーヒーの入ったカップを床に落とし、呆然と立ち尽くすマリナの姿があった。
「マ、マリナ?」
「……違うんです」
「えっ?」
「違うんですううううう!」
泣き叫びながら、マリナは窓から飛び降りようとしたので、腰にしがみつくような恰好で何とかそれを阻止。それからすぐに声を聞きつけたプリームとレベッカが戻ってきてマリナをなだめることに成功した。
――真相としては、王都にある本屋に注文した本を取りに行ったのだが、まったく違う内容の物が届いたので返却に行こうとしたところ、新境地に目覚め、すっかりハマってしまったのだという。
「まったく……あなたらしくありませんね」
「す、すみません」
珍しくレベッカからお説教を受けるマリナ。
新鮮な光景だなぁと眺めていたら、
「この本は私が預かります」
「「「えっ?」」」
「! あ、預かるだけです! 読もうなんて思っていませんから!」
そう否定するレベッカだったが、明らかに動揺していた。
……頼むから、変な趣味を学園に常駐しているよその家のメイドに広めないでくれよ?
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