第211話 決意
《この世界を知る者》
俺はヤツをそう名付けた。
ここが、俺がかつて住んでいた日本という国で流行っていたWEB小説――【最弱聖剣士の成り上がり】の世界であるということを知る、俺以外の存在。
果たして敵なのか味方なのか。
その女性の出方によっては……非常に厄介なことになりそうだ。
そんな不安がよぎる中、俺はひたすらに走り続けた。
腰まで伸びる黒髪と声しか手がかりがないからな……まあ、声なんて実際に聞いてみなくちゃ分からないし、手がかりとしての能力はないか。実質、捜索のヒントは長い黒髪ってだけになる。
それだけでは捜しようがない……やみくもに王都内をうろついて、手当たり次第に黒髪の人物に当たっていく。
だが、どの人物もいまひとつピンとこない。
さっきすれ違ったのは……一体何者だったんだ?
中央通りの片隅で途方に暮れていると、
「バレット!」
ティーテの声がした。
振り返ると、こちらへ向かって必死に駆けてくるティーテとクライネの姿があった。
「はあ、はあ、やっと見つけました……」
「あなたねぇ……怪しいヤツを見つけたなんて簡単な説明だけ残していきなり走りだすなんてどういうことよ!」
「あ、ああ、すまない……」
しまった、と俺は猛省する。
確かに、この世界のことを知る者が他にいるなら、その存在をきちんと把握しておくことは大事だろう。
しかし……今の俺はバレット・アルバース。
アストル学園生徒会の会長であり、学園騎士団の初代団長。
この世界を知る者に振り回されて、本当に大切な人をないがしろにするなんてことはあってはいけないんだ。
「ごめん、ティーテ……俺は……」
「わ、私のことは大丈夫ですよ! それより、さっき言っていた怪しい人というのは見つかりましたか?」
「そ、それが……見失ってしまったんだ」
「見失った? あなたが? 珍しいこともあるものね」
それは一応実力を認めていると捉えていい発言だろうか。
追求したら全否定されると思うので、とりあえず黙っておくことにする。
「捜し回らせてしまってゴメン。他のみんなと合流しようか」
気がつくと、合流時間が迫っていた。
――というか、この世界を知る者を追っていて時間の経過が抜け落ちていた。危うく遅刻をするところだったよ。
やはり、彼女を追うのは少し考えないといけないな。
もちろん、その正体は追求していくつもりだが。
結局、酔っ払い同士の小競り合いやひったくりなどのトラブルは相次いだものの、学園騎士団や王国騎士団の活躍もあって大事に至ることはなく、生誕祭は無事に終了した。
「祭りの雰囲気を味わうどころではなかったな」
「でも、僕は楽しかったですよ」
「おいおい、一応警備で来ているんだから楽しかったはまずいだろ。――まあ、そういう俺も楽しかったんだが」
帰路に就く中、ジャーヴィス、ラウル、アンドレイは楽しげに今日を振り返っていた。
「この次は学園舞踏会があるんですよねぇ」
「そうよ。でも、あれには私たち生徒会のメンバーも普通に参加するから、今日ほど忙しくはないと思うけど」
「楽しみですね!」
マデリーンにクライネ、そしてティーテの女子三人組の関心はすでに次の学園舞踏会へと注がれていた。
……みんなの楽しそうな表情。
原作では見られなかった光景。
もし、この世界を知る者が、それを壊そうと敵対行動をとるなら……そう考えると、俺の手は自然と腰にある聖剣へと伸びていた。
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