第210話 ファースト・コンタクト

 ちょっとした小競り合いなどはあったが、生誕祭はおおむね予定通り進行していった。

 三人で中央通りを歩いていると、


「やあ、早速仕事に励んでいるようで感心だ」


 そんな調子で声をかけてきたのは――騎士団の制服に袖を通したレイナ姉さんだった。


「姉さん!? どうしてここに!?」

「おいおい、この服が目に入らないのか? 仕事に決まっているだろう?」


 そりゃそうだ。

 これだけの賑わいだからな。

 新入りであっても、配置せざるを得ない状況だろう。

 まあ、姉さんは成績優秀だし、何より強い。

 チンピラが起こすいざこざくらいなら軽くあしらえるはずだ。


「ティーテも頑張っているようだね」

「はい!」

「クライネも、元気そうで何よりだ」

「ひゃ、ひゃい!」


 クライネの声が思いっきり裏返った。

 そういえば、以前、レイナ姉さんに憧れているって言っていたな。姉さんが学園に在学している頃から大ファンらしい。

ただ、あまりにも熱が入りすぎて、恋人(?)のメリアとたまにケンカするそうな。その時はクライネの方が平謝りをするそうだが……普段の態度からすると逆に見えるんだよなぁ。クライネの方が強気に出て、メリアがそれに従っていると思っていたが、ふたりきりの時は力関係が逆転するらしい。

ちなみに、ここまでの情報を提供してくれたのはコルネルだ。


「なあ、バレット」


 ひと通りメンバーとの会話を終えた姉さんの視線がこちらへと向けられる。


「生徒会の仕事はどうだ?」

「……正直、大変ではあるけど、同時にやりがいを感じているよ」

「そうか。それならよかった。まあ、おまえなら余計な心配はいらないと思っていたが、やけにアベルが心配していてな」

「アベルさんが?」

「あまり表には出さないが、彼もおまえを本当の弟のように思っている。だから、生徒会長という大役を任され、プレッシャーに押しつぶされていないか、気にかけていたようだ」


 アベルさんがそこまで俺のことを……原作ではバレットのせいで悲しすぎる最期を迎えるだけに、なんとも言えない気持ちになるな。描写こそないが、原作のアベルさんは密かにバレットが更生することを願っていたのかもしれない。


「じゃあ、私は任務があるからこれで失礼するよ」


 姉さんは上機嫌のまま、仕事へと戻っていく。

 ちょうどその頃、王都の中央通りは大きな賑わいを見せていた。

 どうやら、イベントの一環で仮装行列がやってきたらしい。


「急に人が増えてきたな」

「はぐれないようにしましょう!」

「それについては賛成だけど……どうやって?」

「こうやって!」


 クライネから質問に対し、ティーテの答えは――俺に抱き着くことだった。


「これならはぐれることはありません!」


 自信満々に語るティーテ――だが、それにひとつ大きな問題がある。


「あの、ティーテ? それだと、私もバレット・アルバースに抱き着かなくちゃいけなくなるんだけど……」 

「えっ? ――っ!?」

 

 衝撃の事実に気づき、震えだすティーテ。

 まあ、ここはひとつ、


「クライネはティーテにくっつくってことでどうだ?」

「まあ……それなら……」


 俺に抱き着く必要はないもんな。

 とりあえず、この妥協案を呑んでくれたクライネ――が、その直後、俺のすぐ後ろを何者かが通過し、そのすれ違いざま、



「レイナ・アルバースは幸せそうね。――あなたに婚約者のアベルを殺されなかったからかしら?」



 耳元でそう告げられた。


「!?」


 急いで振り返るが、すでに間近と迫った人込みの中に消えてしまっていた。


「くっ!」

「バ、バレット? どうしたんですか?」

「すまない! 怪しいヤツを見つけたから追いかける!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 ティーテとクライネの制止を聞かず、俺は走りだした。

 顔は見ていないが……すれ違いざま、腰まで伸びる長い黒髪が視界の端に映ったし、その声から性別は女っていうのは分かった。


 ……恐らく、以前ティーテに接触した、「この世界を知る者」だろう。

 俺はそいつの正体を知るため、必死に追いかけたのだった。

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