第201話 悪夢から覚めて

 目覚めは最悪だった。

 貧民街に消え去ったはずの原作版バレット。

 やさぐれ、顔つきの悪さもグレードアップしていた彼に、ローブをかぶった謎の人物が接触していた。



 一体何を話していたのか――その内容までは掴めなかったが、どう考えても悪だくみにしか思えない。

 あれは恐らく……原作【最弱聖剣士の成り上がり】の最新章第一話の冒頭シーンだろう。

 かねてからファンの間で噂されていた、「バレット復活論」が現実のものとなったのだ。


 原作のバレットは、あれからどうしたのだろうか。

 何か、強大な力を得てラウルたちの前に立ちはだかるのか。

 それとも――



「おはようございます、バレット」



 夢で見たバレットについて考えを巡らせていると、そこへティーテがやってきた――というか、いつもの待ち合わせだったな。


「お、おはよう、ティーテ」

「? 何かありましたか、バレット」

「いや、別に――違うな。ちょっと不安だったんだ」

「不安?」

「ほら、今日から新学期で、新しい生徒会も動きだすだろ? 俺なんかに会長が務まるのかなぁって……」

「もう、まだ心配していたんですか? 私も含め、みんなでバレットをサポートしていきますから大丈夫ですよ!」


 胸を叩いてそう断言するティーテ。

俺を安心させようとしてくれているんだな……その優しさが五臓六腑に染み渡るよ。


「ありがとう、ティーテ」

「一緒に頑張りましょうね、バレット」

「ああ!」


 ……俺は大馬鹿野郎だ。


 あの夢で見たバレットは、すべてを失っても文句は言えないくらい傲慢で、浅はかで、思いやりの欠片もない、最低最悪のクズ野郎だった。


 でも、今、この場にいるバレット・アルバース――つまり俺は違う。


 原作でみんなから呆れられるほどの悪行を重ねてきた結果、貧民街へ堕ちていく最悪の未来を知っているから、そうならないために頑張ってきたんだ。俺だけじゃない。他の登場人物たちも幸せな未来を迎えられるよう、フラグを叩き折ってきた。


 俺はあんな風にはならない。

 俺にはたくさんの仲間がいるからな。



 ……あと気になるのは、原作バレットに話しかけていた謎の人物。

 全身をローブで覆っていたため、性別さえ分からなかった。

 ヤツが何の目的で原作バレットに近づいたのか……その意図は不明のままというのが不気味だった。


 もしかしたら、もうすでに顔を合わせている人物かもしれない。

 そして――これはなんとなく直感でそう思ったことなのだが……あの人物は、この【最弱聖剣士の成り上がり】のラスボスではないだろうか。


 根拠を示すような場面は見受けられなかったが、なぜかそんな気がして仕方がないのだ。

 でも、書籍が発売し、コミカライズの連載が始まった直後に最終章的な話を書き始めるだろうか。


 よもや、書籍が売れなくて一巻打ち切りになったからやけっぱちで話をたたもうとしているとか? ……まさか、ね。


 そんなことを考えているうちに、校舎へと到着。

 ちょうど、ラウルとジャーヴィスが何やら話し込んでいるようなので、俺たちもそれに混ざることにした。


「おはよう、ふたりとも」

「おはようございます」

「やあ、おはよう」

「バレット様! ティーテ様! おはようございます!」


 挨拶を済ませると、早速会話の内容を尋ねてみる。


「何を話していたんだ?」

「明日の入学式の段取りについてさ」

「僕とジャーヴィスは会場となる講堂の飾りつけ担当なので、どうしようかって話をしていたんですよ」

「そうだったのか――っと、俺たちも緑化委員に花をもらいに行かないとな」

「ですね」


 なんでもない会話が続く。

 そうだ。

 ここには貧民街へ堕ちる「嫌われ勇者」はいない。

 

 変に気負いすぎず、仲間を信じていつも通りにすればいい。

 

 そう心に誓った俺はティーテたちと教室に向かう。

 まずは目先のイベント――生徒会としての初仕事となる入学式をバッチリこなさないとな。


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