第200話 嫌われ勇者の見る夢
夢を見ていた。
本来、夢を夢だと判断するのは難しいのだが、この世界に来てからその違いはハッキリと分かるようになった。
その理由は――これが原作版バレットとの記憶共有が行われる現象だからである。
ここへ来た当初は毎日のように見ていたが、最近はまったくなかった。もう共有できる記憶がないのだからと思っていたが……今日の夢はなんだかこれまで見たものと違っていた。
今、俺がいるのは見知らぬ町。
だが、普通の町とは雰囲気がまるで違う。
ガラの悪そうな男たちを露出の多い服装で誘う冷めた目の女。そのすぐ近くでは、飢えをしのぐために食料を探す、痩せこけた子どもの姿があった。町に建物はどれもひび割れがひどくて、今にも倒壊しそうだ。
周りの人々に俺の姿は見えていないのが救いだな。
いつもの格好でうろついていたら、すぐに囲まれて身ぐるみをはがされるだろう。まあ、聖剣を持っている以上、そう簡単にやらせはしないけど。
改めて、俺はこの町を見渡し、ひとつの結論を出した。
「ここは……貧民街……?」
町の様子から、原作【最弱聖騎士の成り上がり】に名称だけ出てくる貧民街ではないかと推察する。
ということは、ここに――
「いるのか……バレット・アルバースが……」
原作では傍若無人な振る舞いの末、ティーテに見限られてしまい、覚醒したラウルにボロ負けしてこの地へとやってきたバレット。
もし、ここが原作の世界ならば、この町のどこかにバレットがいるはずだ。
息を切らせながら、俺は町中を駆けずり回った。周りの誰も俺の存在には気づかず、声も負けられないおかげで捜索は進むが、肝心のバレットの姿を捉えることはできなかった。
「どこだ……どこにいるんだ……」
ここが本当にバレットの流れ着いた貧民街であるという確証はない――が、ここにヤツがいるという妙な自信はあった。
そして――たどり着いたのは町外れにある廃墟と化した教会だった。
「あとはここだけか……」
ゆっくりと教会へ近づいていくと、中に人の気配を感じた。
こちらの姿が認識できないと理解しつつも、慎重に中の様子をうかがう。
「っ! いたっ!」
ついに見つけた。
もはや見る影もないほど落ちぶれてしまったバレット・アルバース――今の俺の姿と同じなので、なんだか変な気分になるな。
彼は己の傲慢さが引き金となり、何もかも失った。
きっと、今頃主人公のラウルはティーテやマデリーン、レイナ姉さんにテシェイラ先生などなど――たくさんのヒロインに囲まれてウハウハだろう。
……ただ、バレットだけじゃなく、ジャーヴィスは監獄行きとなるし、幼い頃からラウルへ想いを寄せていたにもかかわらず、小さな誤解で彼を敵視していたユーリカも幸せにはなっていない。
俺が生きている世界でのラウルの様子を見る限り……こっち側のラウルは本当に幸せになれているのか、甚だ疑問だな。
それはさておき……ここで素朴な疑問が浮かんだ。
なぜ、貧民街にいる原作版バレットの様子が分かるのか。
確か、ラウルに敗れて以降、モノローグで「貧民街へと堕ちていった」くらいしかその後の様子は描かれなかったはず。こんな廃墟となった教会でぼんやりしている描写などなかった。
――考えられる可能性はただひとつ。
「まさか……原作小説が更新されたのか……?」
この世界に来て一年。
もし、前世の世界と同じ時間経過をたどっているとすれば、すでに書籍は発売され、コミカライズの連載も始まっているはず。それに合わせて、作者が新章の執筆を再開し、投稿サイトに載せたのか?
だから……俺の知らないバレット・アルバースの姿が――
「っ!」
そんなことを考えていたら、バレットの前に何者かが立っていた。
いつ現れたのだろう……まったく気配を感じなかったぞ。
フード付きのローブで頭から足元まで覆っているため、その顔は確認できない。だが、わずかに覗く口元が動いていることから、バレットに何かを語っているように見えた。
もっと近くで話を聞こうと近づいた瞬間――バレットは邪悪な笑みを浮かべた。
「えっ――」
そこから俺は一歩も動けなくなった。
まるで、魂が前進を拒むような……不思議な感覚だ。
でも、進まなくちゃいけない。
原作で進展があったのなら、こっちでの世界に何かしらの影響が生まれるかもしれない。それも、俺――バレット・アルバース絡みで。
「くそっ! くそっ!」
必死に体を動かそうとするが、指一本動かせない。
そのうち、何か声のようなものが背後から聞こえてくる。
耳を澄ませているうちに、その声はだんだんと近づいてき――
「バレット様!」
突如耳元で弾けた。
「!? あ、あれ、ここは……」
「だ、大丈夫ですか? ひどくうなされていたようですが……」
「マリ、ナ?」
目の前にはメイドのマリナが目尻に涙を溜めて立っていた。
その様子から、俺はすべてを察する。
「あ、ああ……平気だよ。ちょっと嫌な夢を見てね」
「そうでしたか……」
「ほら、心配ないから!」
未だ不安そうなマリナを安心させるため、俺は笑顔を作り、体を動かしてアピール。そうすることで、ようやくマリナは信用したようだ。
「それならよかったです――が、ちょっと寝坊してますよ?」
「げっ! ホントだ!」
ティーテを待たせるわけにはいかない。
いろいろと解明しなければいけないことはあるが……とりあえず、今は学園に行く準備を優先させるとしよう。
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