第196話 期待と不安

 寮の自室に戻ってきた俺は、まだどこかふわふわしていた。

 喜んでいるのか、それとも怖気づいているのか。

 期待と不安が入り混じる不思議な感情だ。


「どうかされたんですか、バレット様」


 その様子を見たマリナが尋ねてくる。後ろでは同じく心配そうにこちらを見ているプリームとレベッカの姿もあった。

 生徒会長就任の件について、学園長からは口止めをされていない。

 まあ、近々発表するつもりらしいので、漏れても構わないってことかもしれないが、それでも周囲に言いふらすようなマネはやめておいた方が無難だろう。

 ……ただ、マリナたちは信用できる。

 それに、本気で俺のことを心配してくれているということが伝わってきた。


 だから、彼女たちには学園長から生徒会長に推されたことを話した。

 もちろん、あとでティーテにも話すつもりだ。

 さて、その反応だが――


「凄いじゃないですか!」

「やりましたね!」

「本当に……素晴らしいことです……」


 マリナとプリームは大興奮。レベッカにいたっては涙まで流している。

 ……まあ、この三人はひどかった頃のバレット・アルバースを一番身近で見てきたから、そのクソっぷりをよく知っている。ゆえに、そこからレイナ姉さんと同じ生徒会長の座までたどり着けたとなれば、そりゃ涙の一つも流すよな。


「そのことをティーテ様には?」

「これから伝えに行こうと思って――」


 俺とマリナの会話中、突然、コンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。そして、


「バレット、戻っていますか?」


 ティーテだった。

 なんというタイミングの良さだ。

 俺は大急ぎでドアを開ける。


「いるよ、ティーテ」

「! よ、よかったです……さっき訪ねた時はまだ戻られていなかったみたいなので……何かあったんじゃないかと……」


 女子が男子寮から出る時間まで残りわずかだが……どうやら、なかなか戻ってこない俺を心配していたらしい。

 あんなことがあった後だしな……表面上は平気だと周囲に告げていたティーテだが、その心中は決して穏やかなものじゃないだろう。


「ティーテ。少し話があるんだ。中へ入ってくれ」

「あっ、は、はい」


 俺はティーテを部屋へと招き入れた。

 それを見た三人のメイドは「お茶を淹れてきます」と言い残し、そそくさとその場を離れていく。……空気を読んだつもりなのだろうが、バレバレだ。ティーテが不審がって首を傾げているぞ。


「あの、やっぱり何かあったんですか?」

「あったにはあったんだけど……いい報告だよ」

「えっ?」


 俺たちはテーブルへ向かい合うように座り、ひと息ついてからアビゲイル学園長に生徒会長就任を告げられたことを報告した。


「バ、バレットが生徒会長……凄いじゃないですか!」


 やっぱり、ティーテも喜んでくれた。

 ……だったら、尚更あのことを言わないとな。

 俺はティーテに自身が抱えている不安を吐露した。


「でも……怖さもあるんだ」

「怖さ、ですか?」

「だって、前任のレイナ姉さんは完璧な生徒会長だったろ? 俺が姉さんみたいに立派な生徒会長になれるなんて――」

「なれますよ」


 ティーテは俺が言い切る前に即答した。

 真っすぐにこちらを見つめ、淀みなく話を続ける。


「バレットなら、レイナさんにも負けない生徒会長になれますよ」

「そ、そうだろうか……」

「私も支えますから」

「えっ?」

「生徒会長としても、学園騎士団長としても、バレットが辛くて大変だと思う時は、必ずそばにいて支えますから――ねっ?」


 そう言って、ティーテは優しく微笑んだ。

 ……その笑顔に、すべてが救われた気がした。

 いや、気がしたんじゃない。

俺は間違いなく救われた。


「ありがとう、ティーテ……君が婚約者で本当によかったよ」

「そ、そんな! わ、私の方こそ……」


 照れて顔を伏せるティーテ。

 その背後では、淹れたてのお茶を持ったマリナが固まっていた。


これは……砂糖の必要はありませんね。


 ――と、口にしてはいないが、絶対そう思っている顔をしている。ついでにプリームとレベッカも同じような顔だ。

 ……当分、このネタでいじられることになりそうだな。



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