第182話 ティーテの幸せ

 冬の夜に訪れる庭園。

 そこはとても寒かったが……その寒さを忘れさせてくれる光景が広がっていた。


「わあ……綺麗ですね♪」

「ああ……」


 漆黒の夜空から降り注ぐ白い雪。

 今のムードをよりよい方向へ流してくれるにくい演出だ。

 ここはひとつ、肩でも抱いて距離を縮め――


「バレット」

「!? はい!?」


 まさかのカウンターを食らい、思わず間抜けな声が出てしまう。

 先ほどまでの邪な考えを悟られないよう、努めて冷静に振る舞いながら「コホン」と咳払いをしてから向き直る。


「私は……ずっとバレットにお礼を言いたかったんです」

「お礼?」


 はて?

 お礼って……何か、お礼をされるようなことをしたかな?

 疑問に感じて首を傾げていると、ティーテはさらに続けた。


「この一年間……私はとても幸せな時間を過ごせました。すべてはバレットのおかげです」

「俺の?」

「だって、バレットとこんなに長く一緒にいたのは初めてでしたから」


 心から楽しそうに語るティーテ。


 ……そうか。

 原作通りの流れなら、今年もティーテにとっては辛い一年になるはずだった。

 俺はふと初めて会った時のことを思い出す。

 たった一分の遅刻に愕然としていた頃は、関係性の悪さに愕然としていた。あんな状況からどうやって関係を盛り返していけばいいのか……ティーテもあの頃は絶望していたと思うが、俺も絶望していたな。


 それから――


 舞踏会。

 夏休み。

 学園祭。


 さまざまなイベントや日常生活を通して、ティーテとの絆を深めてきた。

 その結果、ティーテにとっては想像とはまるで違った一年間となったのだろう。


「ティーテ……」


 俺はティーテへと近づく。


「一年だけでは終わらせないさ」

「バレット……」

「俺たちは婚約者同士――これからもずっと、今みたいな幸せな時間が続いていけるようにしていけばいい」

「……はい!」


 目を赤くし、涙声で答えるティーテ。

 俺はそのティーテの肩を優しく抱いた。

 そして――ティーテは静かに目を閉じる。


 ごくごく自然な流れで、俺とティーテは唇を重ねた。

 

「えへへ~♪」


 ティーテは上機嫌で、雪の中庭へと駆けだしていく。


「ははは、あんまりはしゃぐと転ぶぞ、ティーテ」

「大丈夫ですよ~♪」


 こんなに喜んでもらえるなら、もっと早くキスをしておけばよかったかな。

 そんなことを思いつつ、俺はふと屋敷の方へと視線を移す。


 そこには――涙を流しながら静かに拍手をしているメイド三人衆がいた。

 ……バッチリ見られていたのか。


 のぞき見をしていたメイドたちへの懲罰は後々考えるとして……今はティーテとの時間を最優先としよう。

 さっき、ティーテへ話した「これからの幸せ」について、実現するにはまだまだ乗り越えなくてはいけない壁がある。

 だけど……俺は負けない。

 必ず、ティーテとの幸せな未来を築くため、これからも「嫌われ勇者」から脱却するために戦い続けると、俺は固く誓ったのだった。

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