第137話 嫌われ勇者、主人公を救う

「ラウル! どうした!」


 倒れているラウルへ声をかけながら近づく。

 すると、俺の声に反応したのか、ラウルがゆっくりと体を起こす。

 よかった。

 とりあえず意識はあるようだ――と、


「うぅ……うおぉ……」

「ラウル!?」


 ……同じだ。

 小刻みに震えながら、まるで獣のような声を発する。

 演習で暴走した時と、まったく同じだ。


 くそっ!

 なんだってこんな時に!


 ラウルは騎士団へ入ることを熱望していた。

 もしここでラウルが暴走して騒ぎになろうものなら……騎士団の評価は一気に下がってしまう……そうなる前に、なんとかしないと!


「な、なんとか……しないと……」


 考えを巡らせるが――何も浮かんでこない。

 そうこうしているうちに、ラウルはゆっくりと立ち上がり、こちらを振り返る。

 その目は間違いなく、正気を失っていた。


「ラ、ラウル……」


 どうする!

 このままにしておけば、ラウルは試合に出るどころか大騒ぎを起こして学園にいることさえ叶わなくなるかもしれない。

 それだけは絶対に避けなければいけない。

 けど……どうすればいいんだ!


「バ、バレット……様……」

「!? ラウル!?」


 足取りはフラフラとしているが、間違いなく今、ラウルは俺の名を口にした。

 意識はある。

 まだ助けられる。

 なんとかしたい一心で、俺はラウルに近づく――と、ラウルは何やら首筋の辺りを指差していた。


「こ、ここから、何か……」


 そこまで言うと、再び意識が飛ぶラウル。

 低い唸り声をあげながら、おぼつかない足取りでこちらへと接近してくる。

 恐らく、次に意識を取り戻した時……ラウルは俺に襲い掛かってくるだろう。


「くっ!」


 どうすることもできない歯がゆさを噛み殺して、俺はラウルの背後へと移動する。ラウルが最後に伝えたかったこと。そのヒントが、首筋にあるはずだ。

 そう思って、チェックしてみると、


「! こいつか!」


 以前の暴走時には発見できなかった、首筋にある小さな文字。 

 これは――呪印の類か?


 ともかく、これを消せばラウル本来の意識を引っ張り出せるはず。


「そうと決まれば――やることはひとつ!」


 まだ完全に覚醒しきっておらず、動きのスローなラウル。

 ……いや、もしかしたら、ラウルの精神が暴走を食い止めているのかもしれない。見えないところで、必死に戦っているのだ。


「待っていろよ、ラウル。今助けてやるからな!」


 俺は聖剣を引き抜くと、すぐに魔力を注ぐ。

 属性を定めず、ただ魔力だけを集めた。


 ラウルの心身を支配しようとしている呪印を断ち切るために。


「うぅ……がっ! があっ!」


 次第に、凶暴性が増してきた。

 もうもたないところまで来ている。


「いくぞ!」


 俺は覚悟を決めて、聖剣を振りかざす。

それに気づいた暴走ラウルが、俺目がけて飛びかかって来た。

 不思議と、以前のような圧を感じない。

 これもまた、修行の成果か――あるいは、ワイバーンとの戦いに比べてまだ人間を相手にしているという精神的余裕が生まれたのか。


 どちらにせよ、俺にとっては好都合だ。

 おかげで集中できる。


 襲い来るラウルとすれ違う格好となったが――手応えはあった。

 横をすり抜けた際に生じた一瞬の隙をついて、俺はラウルの肌を少しも傷つけることなく、首筋の呪印を斬り裂くことができた。


「うぅ……ここは……?」

「! 意識が戻ったか!」

「バレット様? なぜここに――うぅっ!」


 呪印は消し飛ばしたが……まだダメージはあるみたいだ。

 それでも、さっきみたいな即出場停止みたいな暴走状態じゃないだけ、まだマシか。

 直後、外の会場から大歓声が沸き上がった。


「どうやら、二試合目が終わったようだな」

「い、いけない! 次は僕の番だ!」


 慌てて「それでは失礼します!」と言って走りだすラウル。どうやら、さっきまでの記憶はないらしい。


 でもよかった。

 これで心おきなくラウルは戦える。


 ――さて、次は俺の番だ。

 さっきので、聖剣における斬撃の新しい有効活用法が分かったし、これで真犯人捜しに本腰を射られるな。

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