第129話 嵐の前の朝食
朝の鍛錬を終えると、ティーテと合流し、食堂へと向かった。
その道中、
「ふあぁ……」
ティーテが小さくあくびをした。
「寝不足か?」
「っ! い、いえ、そういうわけじゃ!」
あたふたと取り繕おうとするティーテ。
よく見たら、目もちょっと赤い?
「体調が優れないとか?」
「な、なんともないです! ……その、緊張であまり眠れなくて」
気恥しそうに、ティーテはそう答えた。
緊張、か。
思えば、ティーテがドレスのモデルって、原作からじゃ考えられないことだよな。原作のティーテは婚約者のバレットにいろいろ行動を制限されていたみたいだった。それは人間関係にまで及び、そのため、原作版ティーテの交友関係はかなり狭く、おまけに今回のようなイベント事への参加なんてまずあり得なかった。
そういう意味では、やはりティーテにとって今の生活がベストなのだろうと思う。
さっき、ティーテは緊張していると言ったが、その表情はどこか楽しげでもあった。
俺は、今日の日のために、ティーテが生徒会で頑張っていたことを知っている。原作版の流れでは絶対に味わえなかった体験の数々――それは、ティーテにとって財産に等しいくらい価値のある物となっていた。
食堂へ到着し、席に着くと、
「やあ。おはよう、ふたりとも」
まずジャーヴィスがやってきた。
「ジャーヴィスも今から朝食か?」
「あぁ。それより……バレット」
「うん?」
「今日の武闘大会……本気で戦ってくれよ」
「もちろんだ」
午後からの武闘大会では、演習の時のように模造剣を使うわけじゃない。
俺は聖剣で、ジャーヴィスと真っ向から勝負する。
だが、当然、命のやりとりをするわけじゃない。
ルールでは、頭・両手足・そして胴体に学園長特製の魔導シールが貼られる。これをつけていると、まずHPが表示され、特定の場所(武闘大会では選手たちが戦う闘技場)に限り、あらゆる攻撃で肉体・精神的ダメージを受けない代わりに、攻撃の威力に合わせてそのHPが削られていく。そして、HPがゼロになった瞬間、勝敗が決するのだ。
つまり、俺もジャーヴィスも本気で戦えるのだ。
「君との戦いはとても楽しみなんだ。それこそ、この戦いで僕の人生観は大きく変わってしまうかもしれない」
「大袈裟だな。前にも一度やったじゃないか」
「あの時は演習だろ? 今日は一切の手加減は無用。本気の君と戦えるんだ。これ以上に興奮することはないよ」
「そう言ってもらえると、こっちも光栄だよ」
……なんだろう。
なんか、違和感を覚える。
ジャーヴィス――いつもこんなテンションだったかな?
「その前に、ティーテの可愛らしい姿でしっかり癒されておかないとな」
「えっ!? ジャ、ジャーヴィスもドレス品評会に?」
「行かせてもらうつもりだよ。あぁ、それから、ラウルとユーリカも来るそうだ」
「あうぅ……」
さらに緊張が増したみたいだ。
――って、そういえば、
「ティーテ、今さらだけど、ユーリカは一緒じゃないのか?」
ティーテの専属メイドをしているユーリカは、基本的にティーテのそばを片時も離れない。いつもは朝食の時も一緒なのだが……今日はいなかった。
「ユーリカは私のメイドであると同時に、ひとりの女の子であり、ラウルの恋人ですから――今日くらいは、朝からふたりきにしてあげたいなって」
「そういえば、ラウルは開会式の会場づくり役に選ばれていたね。それにユーリカを同行させたわけだ」
「はい♪」
「なるほどね」
優しい主だよ、ティーテは。
ただ、周囲はラウルとユーリカの無意識いちゃつきにやきもきさせられそうだけどな。
……それに、その気遣いはマデリーンにとって重くのしかかるのだろう。
まあ、実際いるのは弟のジョエルだが。
結局、マデリーンの所在については未だ不明。
このままだと、ラウルVSジョエル(女装)ってことになるな。
「っと、その前に……俺は学園長に呼ばれているんだった」
「えっ? そうなんですか?」
「こんなに朝早くかい?」
不思議そうに、ティーテとジャーヴィスが尋ねてくる。
確かに、普通に考えたらちょっとおかしな話だよな。
「学園騎士団のリーダーとして話してくるだけだよ。ティーテのドレス品評会には絶対に間に合うようにする。話が終わっていなくても、無理やり終わらせて駆けつける」
「そ、それはありがたいのですが、学園長とのお話は――」
「後回しだ」
俺にとっての最優先事項はティーテなわけだし。
「やれやれ……今日も朝から見せつけてくれるね」
呆れたように言い放つジャーヴィス。
……いかん。
これじゃあラウルとユーリカを悪く言えないな。
猛省しつつ、食器を片付け終わると、俺たちはそれぞれの持ち場へと別れた。
さて、学園長は一体俺に何を押しつけようっていうのかね。
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