第121話 嫌われ勇者、主人公を助ける

 会場設営は順調に進み、間もなく前夜祭が始まろうとしていた。

 俺とティーテはリリア様を医務室まで連れていき、落ち着きを取り戻すまで付き添った。そのうち、アビゲイル学園長がやってきて、「あとは任せておけ」と俺たちを前夜祭へと送り出してくれた。


「賑やかですね、バレット」

「ああ。想像以上だな」


 その前夜祭は講堂で行われるのだが、あちこちにテーブルが設置され、そこにはお菓子や軽食が並んでいる。少し離れたところにはジュースまで。

 すでに大勢の学生たちでにぎわいを見せており、あちこちから笑い声が響いてくる。

 以前行われた舞踏会に比べると、もっとフランクでかしこまらなくてもいい気楽なパーティーのようだ。


 それにして、あのテーブルに並んだ軽食……めちゃくちゃ気合が入っているな。

 手の込んだ料理ってものはないんだけど、食材は素人目にも豪華と分かる物ばかり。

 うーん、早く食べたい。


「やあ、バレット」


 料理を眺めていると、そこへジャーヴィスがやってきた。


「…………」

「うん? 僕の顔に何かついているかい?」

「! い、いや、別に……」


 ついついジャーヴィスを見つめてしまった。

 頭にあるのは、先日から考えているジャーヴィスの本心について。

 本当に……このままジャーヴィスは男として生きていくのか。大人になったら、それこそ貴族だから、いずれ結婚話だって出てくるだろう。その辺、レクルスト家はどう考えているのだろうか。


「…………」

「バレット、このクッキーおいしいですよ♪」

「うん」

「バレット?」

「うん」

「……そんなにジャーヴィスが着になりますか?」

「うん。――うん?」


 あれ?

 俺は今何を――


「はっ!?」


 気づいた時にはすでに手遅れ。

 ティーテは「むぅ」と頬を膨らませていた。


「ち、違うぞ、ティーテ! 俺が言う『気になる』っていうのはそういう意味じゃなくてだなぁ――」

「ふふふ、分かっていますよ。ジャーヴィスの本心についてですよね?」

「あ、ああ……あっ!」


 そこで、俺は気づく。

 ティーテにからかわれている、と。


「ティ、ティーテ……」

「ごめんなさい、バレット。なんだか一生懸命考えているみたいでしたので、ちょっとからかってみたくなっちゃって」


 ……ペロッと舌を出してそんなことを言われたら、もう何も言えないじゃないか。

 と、ティーテの可愛らしい仕草に胸を打たれていると、ある光景が視界に飛び込んだ。


「あ、あれは……」


 視線の先には三人の男女がいた。

 まず、その男女はニ対一に分かれている。

 ふたりはラウルとユーリカ。

 そしてもうひとりは――


「マデリーン・ハルマン……」


 原作【最弱聖剣士の成り上がり】におけるラウルのハーレム要員である彼女だが……今のラウルとは初対面のはず。

 それに、これまで原作でラウルのハーレム要員にいた女性キャラはみんなそれぞれ別の道を歩んでいる。


 ティーテは俺と。

 テシェイラ先生はウォルター先生と。

 レイナ姉さんはアベルさんと。

 そして、ミーアさんは他の男性と。


 レイナ姉さんやミーアさんに至ってはろくに面識もないまま、別の相手と結ばれている。

 だからきっと、今回のマデリーンについてもラウルとの関係は希薄に――


「「…………」


 なると思ったが、どうにも状況は芳しくないようだ。


「な、なんだかピリピリしていますね……」

「そ、そうだな」


 ティーテも感じ取ったらしい……あのなんとも言えない緊張感を。

 ラウルも間に挟まれて困っているようだし、ここは助け船を出してやるか。


「ちょっと行ってくるよ」

「き、気をつけて……」


 まるで戦場に送りだすような空気。

 ……あながち、間違っていないよな。

 どう見てもあそこ修羅場だし。


 さて……どう切りだしたものか。

 ため息を漏らしながら、俺はラウルたちへと近づいていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る