第116話 嫌われ勇者、仲間から相談を受ける
武闘大会への参加を決めた翌日の早朝。
「ふぅ……」
朝霧が残る中、俺は聖剣を手に意識を集中させる。
ワイバーン戦の時にも感じたけど……俺はまだまだ聖剣の力のすべてを引きだせているわけじゃない。
「何かが足りないんだよなぁ……」
漠然とした情報だけが頭に残る。
その答えを求めて、俺は今日も聖剣と対話するように剣を振った。
と、そこへ、
「朝から精が出るな」
背後から声をかけられる。
主は顔を見なくても分かったので、振り向きながらその名を呼ぶ。
「ジャーヴィスか」
予想的中。
どうやらジャーヴィスも早朝トレーニングらしい。
それにしても……今日はポニーテールか……。
きっと、寮の周囲をランニングしてきたのだろう。白い肌には汗が浮かんでいる。トレーニング用のウェアを着用しているため、いつもより肌の露出が多い。胸元は隠しているが、ハーフパンツから伸びるスラッとした足は男とは思えない。
その辺も性別がバレるきっかけになりそうだから、注意しておこうかな。
「どうかしたかい?」
「ああ、いや、足がさ」
「足?」
「その、男子にしては綺麗すぎるな、と」
「えっ? そ、そうかな?」
どうやら、ジャーヴィスには自覚がないらしい。
「それよりも、せっかく会ったんだ――手合わせをお願いできないかな?」
「おっ、いいね」
ジャーヴィスからの提案に乗って、模造剣を使った模擬戦を行うことに。
そういえば、前にもジャーヴィスとは模擬戦をしたな。
今もこうして打ち合っているが……スピード、パワー共に以前よりもグレードアップしている。
――ただ、どこか……迷いが感じられた。
模擬戦終了後。
「そろそろ朝食の時間だね」
「あ、ああ……なぁ、ジャーヴィス」
「うん?」
「もしかしてなんだが……何か悩みでもあるのか?」
ついこの前――ワイバーン戦の祝勝会の時に感じたこと。ジャーヴィス自身は性別を偽っていることに対してどう思っているのか。それで深く悩んでいるのではないか。俺はそう思っていた。
「……やっぱり、分かってしまうか」
ジャーヴィスはやれやれと盛大に息を吐き、肩をすくめた。
「やはりそうだったか……」
「剣は正直だよね。どんなに隠しても、息遣いや足さばきで対戦相手に心理状態を読み取られる……提案しておいてなんだけど、今やるのは得策ではなかったな」
「何を言っているんだ。悩みがあるなら相談してくれよ」
俺たちは原作【最弱聖剣士の成り上がり】におけるギスギスしたパーティーじゃない。お互いを助け合う理想的なパーティーだ。
「……そうだね。じゃあ、ちょっと相談に乗ってもらってもいいかな?」
「もちろんだ! どんとこい!」
胸を叩いてオーバーリアクション気味に言う。
その甲斐もってかどうかは分からないが、ジャーヴィスは心の内側を吐露する。
「実は――武器を変えようと思って」
「……うん?」
あれ?
思っていたのと違う?
「学園騎士団の中には剣士が三人いて、近接戦闘特化タイプに偏っていると思うんだ」
「ま、まあ、確かに」
「それで、聖剣を持つ君や魔剣を持つラウルに、通常装備の僕ではそのうち足手まといになるんじゃないかと思うんだ」
「うーん……どうだろう。ジャーヴィスも十分強いぞ?」
「ありがとう。だけど、戦い方の幅を広げるためにも、僕は主戦武器を弓に変えようと思っている」
「弓使いか……確かに、後方支援というか、遠距離から攻撃できる者がいてくれるのは頼もしいな」
俺の想定していた提案とはまるで違ったが、内容自体は納得できるものだった。
「弓の扱いは得意だろ?」
「ああ。とはいえ、本格的に取り組むならさらなる修業が必要だけど」
本人はヤル気満々のようだ。
……やっぱり性別うんぬんは俺の考えすぎだったのかな。
「そういえば、ジャーヴィスも参加するのか、例の武闘大会」
「もちろんそのつもりさ。もし戦うことになったら、手加減無用で頼むよ」
「望むところだ」
俺たちはグータッチをして、大会への意気込みを語った。
――そして、
「……バレット」
朝食へ向かおうとする俺を呼び止めるジャーヴィス。
「また……相談させてもらっていいかな?」
「当たり前じゃないか。いつでも来てくれ」
「そうか。……じゃあ、近いうちにまた――今度はちょっと難しいテーマになると思うけど」
「えっ?」
それだけを言い残し、ジャーヴィスは立ち去った。
な、なんだ……?
ジャーヴィスの言う難しい相談事――やっぱり、自身の性別にかかわることなのだろうか。
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