第87話 夏休みの終わり

 暴走したユーリカは、うち――アルバース家で預かることになった。

 本来ならば、ティーテの実家であるエーレンヴェルク家で養生をすべきなのだが、ここに別荘を持っているわけでもなく、今後の容体観察も含め、そう判断した。


 現在、ユーリカは静かな寝息を立てて眠っている。

 その部屋には聖騎士クラウスさんが、ユーリカを見張る形で待機していた。ラウルについても、夏休みが明けるまでの間、うちに寝泊まりすることを提案する。

 ラウル自身は凄く恐縮していたが、彼もまた暴走事件の関係者。

 いつどこで、また暴走するか分からない。

 その時、クラウスさんの持つ聖水が近くにあれば、被害を最小限に抑えられるだろう。

 

 そのクラウスさんにとっても、聖水の効果がどれほどのものか、チェックしておきたいのだろうな。これでもし、ユーリカが元通りになっていたら、今後は暴走事件が起きてもすぐに対処ができそうだ。


 ただ、それでも根本的な解決には至っていない。

 なぜ暴走してしまうのか。 

 それが分からないことにはどうしようもない。


 唯一の希望は、こうした暴走事件が原作【最弱聖剣士の成り上がり】では一切取り上げられていないこと。

 ラウルもユーリカも、原作で登場した学園卒業後の世界では、普通に生活していた。仮に、あの頃になっても解決していないなら、少なからずそういった描写が含まれるはず。

 ……ここって、結構大事なイベントだよな。

 解決策を失敗した場合――下手をしたら、取り返しのつかないことになりそうだ。


 ここから先は慎重に判断していかなければならないだろう。


 原作では解決しているんだ。

 こっちでも解決できないはずがない。

 ラウルとユーリカは、必ず元に戻す。


  ◇◇◇

 

 夏休み最終日になっても、ユーリカは目覚めなかった。

 しかし、クラウスさんや魔法に精通しているレベッカ曰く、魔力の流れ自体は安定しているので命に別状はないだろうという。


「ユーリカ……」


 あれから、ティーテはずっとうちの屋敷でユーリカの心配をしている。

 普段の生活ではそのような素振りを見せていないが、時折、ユーリカを思い出して悲しげな顔つきになっていた。


「ティーテのためにも、暴走の原因究明を急がないとな」


 俺はもはやいるのが当たり前になっているジャーヴィスとラウルへそう告げる。


「クラウスさんの話だと、テシェイラ先生が取り組んでいるのだろう?」

「そうみたいです。師匠と一緒に聖水を採りにいったのも、テシェイラ先生からの依頼があったので」

「他に、テシェイラ先生は何か言っていなかったか?」

「あとは……あ、そうだ。学園祭の開催が危ぶまれるって」

「学園祭が?」


 夏休みが明けたおよそ一ヶ月後に学園祭がある。

 学生たちにとっては年間行事の中でもトップクラスに人気があるのだが……確かに、この状況下での開催は危険かもしれないな。何せ、舞踏会の夜には合成魔獣が出たくらいだし、今回も何か起きるかもしれない。


「それよりも、バレット……」


 考え込む俺に、ジャーヴィスが声をかけた。


「うん?」

「今は……彼女のそばにいてあげてくれ。あの子には君が必要だし、君にもあの子が必要だからね」

「……分かった」


 ジャーヴィスの計らいにより、俺はユーリカの部屋へと入っていく。


「む? どうかしたか、バレット」


 部屋に入ると、窓際に立つクラウスさんがこちらを向く。


「いえ、ちょっとティーテの様子を見に……大丈夫か、ティーテ」

「バレット……」


 不安そうな声と表情。

 それを和らげようと、俺はティーテの肩を抱く。

 クラウスさんがいるから、ここまでが限界だ。


「明日の準備をしよう」

「で、でも……」

「ユーリカにはクラウスさんもついているし、心配いらないよ。むしろ、ティーテがそんな顔をしていたら、ユーリカの方が心配するって」

「…………」


 俺の言葉を受けたティーテは静かに頷いた。


「クラウスさん――」

「分かっているさ。夏休み明けから編入という予定は少し狂うが、ユーリカについては俺が責任をもって学園まで送り届ける」

「よろしくお願いします」


 俺はティーテの肩を抱きながら、クラウスさんへ一礼する。

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