第73話 嫌われ勇者と夏休み
バイト先から別荘のあるリステンの町まではそれほど離れておらず、時間にして一時間弱でつけるだろうと御者を務めるレベッカが教えてくれた。
その間、俺とティーテはなんでもない会話に花を咲かせる。
「そういえば、今度新しいメイドさんを雇ったんです」
「へぇ、新しいメイドをね」
「はい。なんでも、私と同い年の女の子らしくて、今から楽しみなんです」
「同い年か。話が合いそうじゃないか」
「お父様もそう思っているらしくて、私の専属メイドとして、お休み明けから一緒に学園へ通うことになりそうなんです」
ティーテと同い年のメイドさん、か。
夏休み明けから一緒に学園へ行くそうだから、俺との接点も増えてくるだろう。
……なんだろう。
とても嫌な予感がした。
年の近いメイドということで、「仲良くなれるかなぁ」とティーテが期待に胸を膨らませている微笑ましい光景が広がっているはずなのに……なぜこうも不安になるのか。
「なあ、ティーテ」
「なんでしょう」
「その子なんだけど……名前は知っているか?」
「いえ、まだ聞いていません」
「そうか……」
確証は得られず。
だけど、言い知れぬ不安は拭いきれなかった。
もし――もし、その新しいメイドさんとやらがユーリカだとしたら?
そうなるとバレットとの接点が生まれる。
だとすると、彼女もジャーヴィス同様に弱みを握られて無理やりバレットのような態度をラウルへ取ったのだろうか。
……あれ?
そういえば、ユーリカの最後ってどうなるんだっけ?
貧民街へと消えるバレット。
脅されていたとはいえ、彼に加担していたことに対する贖罪のため監獄へ入ったと思われるジャーヴィス。
原作である【最弱聖剣士の成り上がり】における勇者―パーティーふたりの結末はこんな感じだった。
しかし、ユーリカの最後って、描写がなかった気がする。
原作ではバレットとジャーヴィスの印象が強く、ユーリカは陰に隠れがちだったしなぁ。でも、ティーテの専属メイドという裏設定があるなら、ラウル側へついたティーテに引き抜かれたってことも考えられるかもしれない。
……じゃあ、やっぱりあのユーリカが、原作のユーリカと同一人物ってことなのか?
いずれにせよ、その新入りメイドが何者なのか――それ次第だな。
ま、そんなうまくことが運ぶとは思えないけど。
◇◇◇
「初めまして! 今日からお世話をさせていただく――あっ! あなたたちはクラーケンの時の!?」
「えっ!? あなたが新しいメイドさん!?」
「…………」
リステンの別荘にはエーレンヴェルク家の人間も数名いたのだが、そこに件の新入りメイドも含まれていた。
そして、このメイドというのが……まさかというか、予定調和というか、クラーケンに襲われていた少女ユーリカだったのだ。
――いや、もしかしたらって予想はしていたけど、まさか本当にそうなるなんて……。
「わあ、よろしくね、ユーリカ」
「はい!」
……ま、まあ、ティーテが嬉しそうだからいいか!
「バレット様」
「っ! な、何?」
ティーテと手を握り合っていたユーリカは、気がつくと俺の前に立っていた。
「改めてお礼を言わせてください。助けていただいてありがとうございました。今、こうして私が生きていられるのも、あなたの勇敢な行動があったからこそです」
「そうかしこまらなくてもいいよ」
「いえ、そういうわけには参りません。あなたはティーテ様の婚約者なのですから」
「そ、それはそうだけど……」
「はっはっはっ! さすがのバレットも、彼女の前ではタジタジか!」
豪快な笑い声と共に、父上がやってくる。
さらに母上とレイナ姉さん。そしてティーテの家族も集まって来た。
これにて両家揃い踏み。
いよいよ、楽しい夏休みの始まりだな。
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