第69話 嫌われ勇者、モンスターを討伐する

 ティーテとジャーヴィスを連れて誰もいない海岸を歩く。

 本来なら、バカンスを楽しみに来る客でごった返しているはずが、こんなに閑散としていてはなぁ……観光業としては大打撃だろう。


「それにしても、どうしてモンスターが出てこないんだろう」

「人を襲うという話だったけど、そんな凶悪なモンスターが潜んでいるようには見えないな」

「そうですね……」


 しばらく歩いていると、足元は岩場へと変わり、少し歩きづらくなった。


「きゃっ!?」

「おっと」


 バランスを崩したティーテを抱きかかえる。

 ……水着という布一枚の状態で肌を密着させると、こうも感触とは変わるものなのか。


「ご、ごめんなさい……」

「あ、い、いいんだ。ティーテに怪我がないのなら」

「は、はい……」

「ティーテ……」

「バレット……」

「うぅん!」


 見つめ合っていたら、「僕を忘れてもらっては困るな」と言わんばかりにジャーヴィスがわざとらしく咳払いをする。


 そりゃそうか。

 他人のいちゃつきをほぼゼロ距離から眺めているわけだし……いい気はしないか。


 その後、周辺を調べてみたが、こちらも異常なし。

 結局、肩透かしに終わった形だ。


「……どうもキナ臭いな」


 この海のどこからも、モンスターの気配を感じ取ることができない。

 とはいえ、目撃情報もあり、こうして甚大な被害をもたらしている以上、どこかに潜んではいるはずなのだが……。


 とりあえず、ウォルター先生との合流場所へ引き返そうとした、まさにその時だった。



「きゃあああああああああああああああああ!」



 耳をつんざく女性の叫び声。


「バレット!」

「ああ、分かっている! いくぞ、ティーテ!」

「はい!」


 俺たち三人は急いで声のした方へと走る。

大きな岩場の陰――そこに、ひとりの女性が立っている。女性――というよりは、俺たちとそう変わらない年代の女の子だ。その子の体には海中から伸びる巨大なイカの足が絡みついており、海へ引きずり落とそうとしているようだ。


「今助けるぞ!」


 俺は咄嗟に聖剣へと魔力を込める。

 属性は風。

 剣を振るうと、刃と化した突風がイカの足だけをズタズタに引き裂いた――が、本体はまだ海中。それを倒さない限り、討伐したとは言い切れないだろう。


「ジャーヴィス、援護を頼む! ティーテはその子を保護してくれ!」

「任せてくれ!」

「分かりました!」


 ふたりに指示を出した後、俺は海中へと潜る。

 透明度が高いため、視界は良好だが、思ったよりも水深が深かった。

 眼前に体長二十メートルはあろうかという巨大なイカの姿が目に入った。


 その名はクラーケン。


 人を襲う獰猛な上級モンスターだ。

 ――けど、待てよ。

 クラーケンといえば、襲うのは沖合を漂う船がメインだったはず。人との生活圏からこれほど近い位置で見かけるなんて、聞いたことがない。


 やっぱり今回の討伐バイト……裏があると見て間違いなさそうだな。

 ウォルター先生に報告の必要があるけど、その前に、これ以上被害が広がらないよう、ちゃっちゃとこいつを倒すか。


 早速、この前の水魔法演習の成果を試す時が来たな。

 俺は聖剣の属性を水へ変更。

 演習同様、魔力をドラゴンの形に変化させてクラーケンへと向かわせる。水魔法のドラゴンはクラーケンの胴体(頭?)にかみつくと、そのまま海上へと引き上げていく。

 クラーケンの巨体は海から出て、宙を舞った。

 やがて、人のいない浜辺へと打ち上げられ、もがき苦しんだ後、ピクリとも動かなくなる。


「ふぅ……とりあえず、こんなものかな」


泳いで岩場まで戻り、近くの浜辺でぐったりしているクラーケンを眺めながらそう呟く。


「相変わらずだね、君は」


 そこへジャーヴィスがやってきて、肩をすくめながらそんなことを言う。


「あの水のドラゴンは実戦でも使えるな、ジャーヴィス」

「十分すぎる威力だよ。まったく、援護のしがいがないな」


 無事に討伐を終えたことをグータッチで称え合った俺たちはティーテのもとへ急ぐ。

 問題はあの襲われていた子だけど……大丈夫かな?

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