第68話 嫌われ勇者、ちょっと休む
学園の長期休暇は二週間。
元いた世界にある一般的な学校の夏休みに比べると、約半分だ。
その代わり、同じ長さの休みが季節ごとにあるので、トータルするとあまり変わらないくらいかな。
ただ、貴族である俺たちには休みの間もいろいろとやることがある。
特にアルバース家は式典やらなんやらで出番が多い。しかも、今年は俺が聖剣を授かって勇者となったことで、引っ張りだこになっている。
……さらに、マリナからちょっと不穏な話を聞いた。
それは、俺とティーテの婚約破棄を目論む連中がいるという情報だ。
アルバース家とエーレンヴェルク家の関係は良好そのもの。
俺とティーテの関係はもちろんだが、親同士もすっかり意気投合し、今では互いの領地を巻き込んで交流を深めているという。
ただ、正直言って、両家との格差はとんでもないほど開いている。
どうも、父上は古くから王国に貢献してきたエーレンヴェルク家の貴族としての地盤を欲したようだが、今ではすっかりその目的を忘れ、ティーテの父親を人間的に大変気に入っている様子。
しかし、それをよしとしない者たちもいるらしい。
そいつらはアルバースの名前と、「勇者の嫁の家族」というステータスに目がくらんでいる連中だ。そして、こいつがら原作においてバレットの人生を大きく狂わせた元凶の一つであると言える。
元々、聖剣に選ばれる前から十分クソ野郎としての資質があった原作版バレットだが、ここら辺で名をあげようとする他の貴族から、「我が娘を妻に!」と迫られ、さらにはこれでもかと《よいしょ》されるのだ。
これが、バレットを大きくつけ上がらせる原因となったのだ。
……まあ、それはあくまでも原作版バレットの話。
俺は違う。
たとえ絶世の美女を前にしても、ティーテを裏切ることなんて――
「あり得ないんだよなぁ」
「? 何がですか?」
「うん? 何でもないよ。それより、今度はあっちの海岸へ行ってみようか」
「はい♪」
思わず考えていることが口に出て、それをティーテに聞かれてしまったが、ここは機転を利かせて誤魔化し、さらに午後からのデートプランに自然な流れで移すというファインプレーも披露できた。
俺たちは今、ビーチにある小さな食堂に来ている。
そこで昼食をとりながら、のんびりと過ごしていた。
海に潜むとされている討伐対象のモンスターは一向に姿を見せず、その気配さえ感じることがないまま午前中が終了。
相手が現れないのでは戦いようがないと、ウォルター先生が町長のもとへ話し合いに行っており、俺たち三人はその返事待ちとなっている。
「それにしても、勿体ないな」
不意に、ジャーヴィスがポツリと呟く。
「何が勿体ないんだ?」
「ここは海も美しいし、ここのレストランの料理はおいしい。近くには大きな宿屋がいくつもあって、羽を休めるには最高の環境と言える。この海をもっとも楽しめるだろう真夏にお客が誰もいないなんて……これじゃあ宝の持ち腐れだ」
「ああ……確かにな」
観光産業に力を入れているところはよくある話だ。
この町は素晴らしい。
過ごしやすいし、町全体が客をもてなそうと必死になっているのが伝わってくる。だが、それが命と引き換えになるかもしれないとなったら、話は別だ。
「町の人たちのためにも、早くモンスターを倒さなくちゃいけませんね」
海水浴を楽しみながらも、ティーテはそのことがずっと気がかりだったようだ。本当にいい子だなぁ。
「なら、そろそろ食事は終了にして、辺りの見回りをしようか」
「あ、さっき言っていた海岸方面ですね」
「そういうこと」
「……じゃあ、僕も一緒に行くよ。人が多ければ、それだけ安心だしね。いいだろ?」
「あ、ああ、構わないよ」
最後の「いいだろ?」の辺りに凄い圧を感じたが……ジャーヴィス、怒っているのか?
だが、こうなった時に「怒ってる?」と声をかけても「怒っていない」と怒りながら答えるのが最近のジャーヴィスのパターンだ。
まあ、男の格好をしていても中身は女の子なんだ。
イライラしている時期だってあるだろう。
そういうところのフォローは、男の俺より女子であるティーテが適任だ。幸い、ふたりは仲良くやっているようだし。
さて、それじゃあ海岸デー……じゃなくて、モンスター捜索に復帰するとしますか。
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