第66話 夏休みの過ごし方

 水魔法演習が終わって数日が経った。


 俺たちの日常に変化はない。


 ラウルは聖騎士クラウスのもとで修業を重ね、魔剣の力をコントロールできるようになってきている。

最初は貧民街の出身で、しかも魔剣持ちかつ暴走事件を起こしたラウルを敬遠していたクラスメイトたち。だが、次第にその明るく前向きな性格が知れ渡ったことと、舞踏会の一件で誤解が解け、今ではすっかり打ち解けている。


ジャーヴィスは相変わらず男子として生活していた。

 女子からの黄色い声援に応える日々を送っている――が、最近はどうも男子から送られる視線に変化があるらしい。言われてみると、たまに「あいつは男子! あいつは男子!」と呪文のように何度も唱えながら、校舎の壁に頭を打ち付けている生徒を見かける。


 ふたりとも、原作である【最弱聖剣士の成り上がり】では、学生生活にあまりいい思い出がないようだったが、ここ最近は傍から見ても充実しているように思える。


 一方、ティーテだが――こちらはいつ見ても可愛い。


 ……まあ、それは揺るぎようのない事実なので今さら強調する必要もないのだけど――ともかく、俺たちの仲は順調だった。


 ティーテはいつも心から嬉しそうに笑ってくれる。

 原作ではラウルのハーレム要員となったが、直近の話ではまるで存在感がなくなる――だけど、ここでのティーテはまるで違う。


 いつも楽しそうなティーテ。

 そんな彼女の笑顔を守るためならば、俺はなんだってできると断言する。



 舞踏会の夜の襲撃事件以降、これといった事件は起きていない。

 教師たちは相変わらず忙しなく動いているようだが、有益な情報を得られないでいた。俺が注目しているティモンズ先生にも動きはない。

 

 となると……原作にはない、新たな組織の仕業か?

 いや、そもそも、構想自体はあるが原作にまだ登場していないということだって十分に考慮できる。こればかりは俺も知る術がなかった。


 あと気になる点は――勇者パーティー五人目の存在。


 こればかりはまったく手掛かりが掴めなかった。

 俺は独自に学園内を調べ回ったが、生徒や職員及び出入りしている関係者の中にもユーリカという少女はいなかった。


 一体、どこの誰なんだ?

 できる限り早く会いたいところだけど……焦っていても仕方がないか。まあ、気長にやるとしよう。



 とにかく、何も起きないのであればそれに越したことはない。

 たとえ取り越し苦労に終わっても、ティーテが幸せに日々を送ってくれているなら、俺としてはこれ以上望むものはない。

 幸い、ラウルもジャーヴィスも原作のような展開になっておらず、充実した学園生活を送れているようだし、万々歳だな。



  ◇◇◇

 


 季節は夏。


 学園は長期休校――いわば夏休みを目前に控えていた。


「バレット、君は長期休校をどう過ごすつもりだい?」


 昼休みになり、ティーテと一緒に学園内の食堂へ移動しようとした教室を出た途端、別クラスのジャーヴィスとバッタリ出くわし、いきなりそんなことを尋ねられた。

 ……気のせいかな?

 もしかしてジャーヴィス――俺たちが出てくるのを待っていた?


「ああ、えっと、夏休みだろ? 一応、避暑地にある別荘で過ごすつもりだ」

「アルバース家の別荘か……なんだか凄そうだな」

「あ、ティーテも一緒に行くんだ」

「はい♪」

「へぇ、そうなの――かっ!?」


 どうしたんだ、ジャーヴィス。

 最後の方、なんか変な声が出ていたぞ。


「ちょっと待ってくれ……念のために聞くけど……泊まりで行くのかい?」

「三泊四日で」

「さっ!?」


 ジャーヴィスの目が見開かれる。

 しばらく沈黙した後、


「……どこの別荘だい?」

「ここから東に進んだところにある湖のほとりにある屋敷だ」

「湖の名前は?」

「えっと、確か……サリアス湖だったかな」

「サリアス湖か……」


 湖の名を聞いた途端、ジャーヴィスは何かを思案するように右手を顎に添えてそのままどこかへと歩きだしていった。


「? なんだったんだ?」

「もしかして、ジャーヴィスも行きたかったのでしょうか」

「ああ、そうかもな」


 言われてみれば、ジャーヴィスが女子であることを知っているのは俺とティーテのみ。そういった意味では、俺たちふたりとは気兼ねなく過ごせる。だから、夏の長期休校のどこかで一緒に遊ぼうと誘いたかったのかもしれない。


「まあ、今回はふたりで楽しもう。ティーテの水着をじっくりと眺めたいし」

「も、もう!」


 口調は怒った感じだが、ティーテの表情は緩んでいた。

 うーん、早く別荘へ行きたいな!

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