第64話 ティーテとジャーヴィス

 水魔法演習は無事に終了。


 もちろん、着替えの際もジャーヴィスは最後で、俺が監視役を担うことになった。


「何事もなく終わって本当によかった……」


 壁に背を預け、安どのため息を漏らす。

 正直、無謀な挑戦だったと思う。

 だが、意外となんとかなるもので、男子や教師に気づかれたような気配はない。まあ、一部男子においてジャーヴィスを見る目が変化したという事故(?)はあったが、ジャーヴィス本人も気づいていないようだし、放置しておこう。


 ――と、そうだ。

 確認をしておかなければならないことがあった。


「なあ、ジャーヴィス」

「なんだい?」

「君のことを……ティーテに話すって件だが」


 ジャーヴィスが実は女子だった――理由は未だ明かされていないが、その事実は隠しておかなければならないらしい。

 俺はそれに協力を申し出たわけだが、正直、これから先は俺ひとりでまかないきれない部分も生じてくるだろう。そのため、早急に協力者を募る必要があった。


 そこで、俺が白羽の矢を立てたのがティーテだ。


 誠実で心優しい。おまけに可愛くてスタイル抜群な俺の婚約者――って、情報はいいか。

 ともかく、秘密を共有するのに、これ以上適した人物は他にいない。


 ジャーヴィスも、ティーテの人間性については十分把握しているし、何より、彼――じゃなくて、彼女自身が今のままではいずれ明るみになることを理解していた。


 だから、


「よろしく頼むよ」


 ジャーヴィスは快諾した。

 ……よし、そうと決まったら、すぐにでもティーテに報告しよう。



  ◇◇◇



 更衣室を出た後、俺たちは教室を目指していた。

 この後は男子と交代して女子が水魔法演習を受ける予定になっている。


「でもまあ、うまくいってよかったよ」

「何から何まで君のおかげだ。本当に助かったよ」

「気にするなって」

「そういうわけにもいかないさ。正式にお礼をしたい。何がいい? なんでも言ってくれ」

「なんでもって……」


 俺はジャーヴィスを女子だと知っている。

 ……その事実を加味した上でジャーヴィスをよく見れば、男子制服に袖を通していようとも確かに可愛い女子として見ることも可能――って、俺は何を言っているんだ。


「遠慮はいらないよ。君の願望は何でも叶えてみせるさ」


 ずいっと顔を近づけるジャーヴィス。

 な、なんだ?

 妙に距離が近い気が――


「あ、バレット♪」

「わあああああああああっ!?」


 何の前触れもなく、いきなり背後からティーテに名を呼ばれて驚く。その怪しさ全開の挙動に、ティーテだけでなくジャーヴィスも驚いていた。


「ど、どうかしたんですか?」

「い、いや、なんでもない。驚かせてすまない」


 危うく全力で土下座するところだった。

 ……いや、よく考えたらそんなことをする必要はないんだ。俺とジャーヴィスは別にやましいことなんてしていないのだから、もっと堂々としていればいいのだ。


「これから演習だろう? 着替えなくていいのか?」

「もちろん着替えますよ。でも、バレットが見えたから、クライネさんとメリアさんには先に行ってもらったんです」


 何それ……嬉しい。


「今日はこれまでの成果を存分に発揮するつもりです!」

「お? 気合が入っているな。回復系を除けば、水属性魔法は一番得意だもんな」

「! 知っていたんですか?」

「普段の講義態度を見ていれば分かるよ」


 ティーテは授業中でも、リアクション大きめだからな。何が苦手で、何が得意なのかは手に取るように分かる。


「でも、残念だなぁ。ティーテの水着姿が見られないなんて」

「……そ、そんなに残念ですか?」

「もちろん!」


 即答。

 だって、何を着ても死ぬほど似合うのは確定しているのだから、見たいに決まっている。


「…………」


 一方、ティーテは黙ったまま俯いている。あれは何かを考えている時のポーズ……もしかしたら、今日の夜にでも――


「うぅん!」


 わざとらしく大きな咳払い。

 やったのはジャーヴィスだった。


「バレット、早く教室に行かないと怒られるよ?」

「あ、ああ……じゃあ、ティーテ。また後で」

「はい♪」


 更衣室へ向かうティーテを見送っていると、


「……相変わらず仲がいいね、君たちは」


 ジャーヴィスがそう声をかけてきたが……


「なんか……怒ってる?」

「怒ってなんていないよ。さあ、教室へ行こう」

「お、おい」


 こうして、俺はジャーヴィスに腕を引っ張られながら、教室へと戻るのだった。




 ――あ、結局ティーテにジャーヴィスのことを教えられなかったな。

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