第62話 嫌われ勇者、一肌脱ぐ

 ジャーヴィスの危機を救うため、一計を案じることにした。


 ぶっちゃけ、このまま適当に理由をつけて欠席をすればいいじゃないかとも思ったが、この演習は該当者にとって必修科目。つまり、成績を確保しなければ進級できず、退学なんて最悪のケースもよぎってくる。


 いくら貧乳――もとい、胸のサイズが慎ましいからといって、さすがに何も着ずに大勢の男子生徒の前に出るわけにはいかないし、体つきで絶対にバレる。


 ジャーヴィスの場合、自分を男だと思っているというわけではなく、一身上の都合で男を演じている……本人から聞いたわけじゃないけど、ここまでの恥じらいぶりを見る限り、心の根は女性のままだ。


 どういった事情で男の格好をしているかは聞いていないけど、ここまで必死になるくらいだから相当の覚悟があってこなしているのだろう。

 俺としては、将来的に同じパーティーのメンバーとして旅立つ仲間のジャーヴィスの助けになりたい。なので、本人の了解を得て、ここにティーテを加えた上で、全力サポートを申し出たのだ。


 ……と、長々と振り返っている間に、男子生徒の着替えは終了したようだ。

 俺も水着に着替えて準備を整えたら、ジャーヴィスを呼んで着替えさせる。


「さあ、今なら誰もいないぞ」

「ありがとう、バレット。感謝するよ」


 水着を抱えて、ジャーヴィスはそそくさと更衣室へと入っていく。


 ……しかし、もしこの先、劇的に胸のサイズが大きくなったりしたらどうするつもりなんだろうか。いや、劇的とは言わなくても、あともうちょっとでも大きくなったら誤魔化しがきかなくなる。まだ十三歳……成長過程なわけだし、可能性はなくはない。


 と、その時、


「あれ? バレット様?」

「!?」


 男子生徒がひとり、忘れ物を回収するため更衣室に戻って来た。

 て、あれは……ラウル!?


「何しているんですか? もうすぐ授業が始まりますよ?」

「あ、ああ……すぐ行くよ」

「次の指導教官は初めての方ですが、結構怖そうな人でしたよ? 遅れないようにしてくださいね」

「了解だ。気遣いありがとう」


 ラウルとも、こうして随分と砕けた会話ができるようになった――って、感慨にふけっている場合じゃない!


「ラ、ラウルはどうしてここに?」

「そうだった! 更衣室に忘れ物をしたので、ちょっとどいてもらっていいですか?」

「あ、いや、その……」


 更衣室のドアをふさぐように立っている俺にそう言うラウル。

 まずいぞ。

 せめて、現状を中にいるジャーヴィスへ伝えなくては。


「そ、そうか! ラウルは忘れ物を取りに更衣室へ来たのか!」

「? はい、そうですけど」


 ラウルは不思議そうに首を傾げるが……今の叫びがジャーヴィスに届いてくれることを祈るしかない。


「じゃ、じゃあ、扉を開けるからな? 開けるぞ?」

「誰に言っているんですか……?」


 さすがにラウルも不審に感じ始めたようだ。


 ……これ以上は誤魔化せない。

 頼むぞ、ジャーヴィス!


 俺は意を決して更衣室のドアを開けた。

 そこに――ジャーヴィスの姿はなかった。


「ありました! いやぁ、魔法演習なのに肝心の魔剣を忘れてきてしまうなんて……我ながらドジだなぁ」

「そ、そうか。これからは気をつけろよ」

「はい! では、行きましょうか」

「す、すまないが、先に行っていてくれ。あと、先生には少しだけ遅れると伝えておいてもらえると助かる」

「いいですけど……どうかしたんですか?」

「ちょ、ちょっと腹の調子が悪くて」


 さすがに強引な誤魔化し方だと思ったが、純粋なラウルは「そうなんですか!? 無理はしないでください!」と本気で心配し、「学園内の診療所へ行きますか?」とまで言われたが、それは丁重に断っておく。


 ラウルは更衣室を出るまで、すっと俺を心配してくれていた……なんだか、悪いことをしてしまったな。


「いいぞ、ジャーヴィス」


 ラウルには後日この穴埋めをするとして、今はジャーヴィスだ。

 声をかけると、近くのロッカーからジャーヴィスが出てくる。そこに隠れていたのか――って、


「すまない、バレット……君には助けられてばかりだ」


 申し訳なさそうに頭を下げるジャーヴィスだが……よほど焦っていたのだろう。タオルを巻く時間もなかったらしく、ただ手で押さえているだけ。ちょっと油断をするとはだけてしまいそうだ。


「……じゃあ、俺は外にいるから」

「あ、ああ、すぐに着替えるよ」

 

 極力ジャーヴィスの方を見ないようにして、俺は更衣室を出る。

 直後、恐らく自分の格好に気づいたのだろう……「うわああああああああああああ」というジャーヴィスの小さな悲鳴が聞こえてきた。

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