第61話 ジャーヴィスの危機
水魔法実習という名の水泳実習。
男女問わず、この授業を楽しみにしている者は多い。
「いやぁ、いよいよやってきたな!」
「おうよ! 去年はなかったからな!」
「待ち遠しかったぜ!」
「くぅ~、早く午後になれねぇかなぁ!」
朝っぱらから男子生徒は興奮していた。
とはいえ、会場は男女別となるので、女子の水着姿を拝むことなど叶わない。あくまでも妄想で済ませている。
「まったく……これだから男子は……」
クラス委員長のクライネは腕を組み、険しい表情をしている。女子の水着を妄想する男子たちに嫌悪感をむき出しにしているようで、そんな彼女を恋人(?)とメリアが「まあまあ」となだめていた。
学園には指定の水着があるわけではなく、着用する物は基本自由だった。
そのため、数週間前から、クラスの女子たちはどんな水着にするかで盛り上がっていた。その様子を眺めていれば、男子たちが期待してしまうのも無理はない。
まあ、俺としてはティーテの水着姿だけ見られたらいいんだけど。
授業は午前と午後の二回に分けられる。
もちろん、その振り分けは男女によるもの。
午前中に男子が入って水魔法の演習。
対象になっているクラスは光属性、水属性、そして、別属性でありながら水属性への適性も兼ね備えているが若干名参加する。
教室でティーテと楽しく会話をしていると、教師が呼びに来たので渋々移動。
「頑張ってくださいね、バレット」
「ああ。――でも、俺の華麗な泳ぎをティーテに見てもらえないのは残念だな」
「ふふ、それは残念です」
俺の冗談に、ティーテは笑って答えてくれた。一瞬にして授業に出たくなくなった。もうちょっと話をしていたいところだが、
「バ、バレット……」
か細い声で名前を呼ばれた。
どこからの声だと辺りを見回していると、教室と廊下を結ぶ扉から、ジャーヴィスがちょこっとだけ顔を出し、手招きしていた。
「ジャーヴィス?」
「何だか困っているようですが……」
ティーテの言う通り、いつも余裕の態度を見せているジャーヴィスには不似合いなほど焦っている様子。しかも、ここ最近は風呂場での全裸遭遇事件もあって、まともに会話をしていない。
そんな気まずい状態でありながら、ジャーヴィスは明らかに助けを求めていた。
その理由――すぐに察しがついた。
「あ」
そう。
水泳の授業だ。
女子でありながら男子と偽って学園生活を送るジャーヴィスにとって、今年から始まるこの水魔法演習――という名の水泳は、最大の難関といっていいだろう。
「……ちょっと行ってくるよ」
俺はティーテにそう告げて、ジャーヴィスのもとへ。
「バレット……申し訳ないのだが――」
「皆まで言うな。……助っ人が欲しいんだろう?」
「あ、ああ……」
「水着は?」
「一応、全身を隠せる物を用意してきた。胸は……まだ誤魔化せるはずだ」
確かに、ジャーヴィスの胸のサイズはだいぶ控えめだ。不幸中の幸い――なんて言ってはいけないのだろうが、性別を隠しているジャーヴィスにとってはプラスに働いている。
「そうなると、あとは着替えのタイミングだな……よし、更衣室から男子がいなくなったら俺が呼ぶ。君が中で着替えている間、誰も入らないように見張っているし、あとは遅れた時の理由を考えておけば問題ない」
模範的生徒であるジャーヴィスが遅刻となれば、相当なことなのだろうと教師も思うだろうし、誤魔化しやすい。普段の行いって大事だな。
「……恩に着るよ」
申し訳なさそうに頭を下げるジャーヴィス。
俺はそんなジャーヴィスに、ある提案を持ちかけた。
「なあ、ジャーヴィス」
「うん?」
「この授業を無事に乗り切ったら――ティーテに君のことを教えたい」
「!? そ、それは……」
ジャーヴィスは乗り気ではないようだが、これには理由がある。
「大丈夫。あの子は絶対に他人へ情報を漏らすようなことはしない。それに、同じ女子として俺以上に的確なアドバイスが出せるかもしれないし」
そこだ。
男子の俺には出せないアドバイスを、きっとティーテなら出してくれるはず。
「……そうだね。分かったよ」
俺からの提案を呑んだジャーヴィスは小さく頷いた。
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