第60話 嫌われ勇者とメイドの策略(未遂)

 その日の夜。


 いつものように寮の食堂で楽しく夕食を済ませると、談話室でお茶を飲みながら課題をこなし、それが終わると消灯時間になるまで語り合った。


「そういえば、そろそろ水泳の授業があるみたいだね」

「水泳?」

「水属性魔法の実習のことさ。まだ完全に制御できないヤツもいるから、濡れても大丈夫なように水着着用だろ?」

「あ、そ、そうでしたね」


 水着の話をした途端、ティーテがもじもじとし始める。


「……ティーテ」

「は、はい?」

「どんな水着を持ってきたの?」

「っ!? ど、どんなって……それは……」


 さすがに答えづらいようだ。


「ははは、別に恥ずかしがらなくても、ティーテはスタイルもいいし、どんな水着を着ても似合うよ。早く見たいなぁ」

「そ、それは……でも、授業は男女別で行いますし」

「えっ!?」


 一気に絶望の淵へ叩き込まれた気分になる。

 そんな……それじゃあ、ティーテの水着姿を拝めないじゃないか!


「あ、あの……」

「ふぁい?」

「も、もしよかったらなんですけど……授業の前に水着を見てもらっていいですか?」

「! よ、喜んで!!!!」


 顔を真っ赤に染めながらお願いされたら、断るわけにはいかない。

 ていうか、ひょっとしなくとも、水着を見られなくて落ち込んでいる俺に気を遣ってくれたのかな、ティーテ。

 ともかく、ティーテの水着姿が拝めると喜んでいたら、


「バレット様、間もなく消灯時間となります」

「も、もうそんな時間!?」


時間が近づくと、レベッカが呼びに来るのがここ最近のお決まりだ。


 それにしても……不思議だな、と思う。


 ティーテと話をしている間は、時間の経過が物凄く速く感じる。

 穏やかで尊い時間だ。

 楽しい時ほど時間の流れが速く感じるというが、まさにそれだな。


 ティーテを女子寮の前まで送り届け、レベッカと共に男子寮へと戻る。

 ……男子寮とは言っても、俺みたいにメイドを連れ込んでいる貴族の子息もいるので、厳密には男だけの空間とは言いづらい。実際、男子寮の中にはメイドたちだけが入れる部屋もあって、それなりに楽しんでいるようだ。


 部屋に戻ると、俺はレベッカに別荘のことを話した。


「ティーテ様と別荘……ですか?」

「ああ。確かあったよな? 近くに大きな湖のある――」

「リステンの別荘ですか?」

「そうそう! そのリステン!」

 

 アルバース家所有の別荘は国内に八つ存在している。その中でもっとも景観が素晴らしい――言ってみれば、男女が共に過ごすのに一番適しているのは、そのリステンの別荘だ。原作からの情報によれば、レイナ姉さんとアベルさんも、そこで結ばれたのだとか。


 ティーテと過ごすにはもってこいの場所だ。


「名案だと思います。ティーテ様も喜ばれたのでは?」

「ああ。とてもはしゃいでいたよ」

「でしたら、こちらもいろいろと準備をしなければなりませんね」

「そうだね。――準備?」


 準備って……なんだ?


「あっ、そうか。しばらく使っていないから状態を確認しないといけないね」

「別荘には常駐している優秀な使用人がいますので、いつでも綺麗な状態をキープできているはずです」

「へっ? じゃ、じゃあ、準備って一体……」

「それは……」


 ニヤッと怪しい笑みを浮かべるレベッカ。

 えぇ……何?

 めちゃくちゃ不安になってくるんだけど。


「若い男女がひとつ屋根の下で過ごすのです。それはもう、念入りな準備が必要となってきます」

「何をさせようとしてるんだよ!?」


 どう考えても方向性がおかしい。

 俺とティーテにそういうのはまだ早いって……お互い十三歳なのに。


「とにかく、普通でいいから。あそこは景色もいいし、他の別荘にはない大きな庭園があったはずだ。そこのメイドたちに連絡をして、特に庭園の手入れはきっちりやっておくようにしてもらってくれ」

「……分かりました」


 明らかに不満そうだったけど、これでよし。


 ――さて、これで準備は整ったな。

 あとは休み……を迎える前に、定期試験を突破するだけだ。


 それまで、大きなトラブルが起きないことを祈るよ。

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