第57話 朝のひと時

 舞踏会から一夜明け、今日から普通に学園生活が再開する。



 ジャーヴィスが実は女の子だったという衝撃的事実が気になりすぎて存在が希薄となっていたが、昨日の舞踏会でそれに匹敵する脅威が現れていた。


 そう――気がかりなのはあの合成魔獣。


 自然発生した、いわゆる突然変異種と見る動きもあるようだが……俺の見解はまったく異なるものだ。

 直接対峙したからそう感じるのかもしれないけど――あいつは明らかに人の手によって生み出されたモンスターだ。

 となると、問題は誰がなんの目的で合成魔獣を生み出し、この学園に放ったのか。

 恐らく、外部からあんなデカいのを持ち込むことは不可能だろう。そうなると、この学園の関係者が、この学園郷のどこかで密かに研究を進めていた――と考えるのが妥当だろう。

 ただ、あれだけのモンスターを生み出そうとしたら、相当な研究施設が必要になると思われる。

 果たして、誰にもバレずにそんなことが可能だろうか。


「バレット様、どうかなさいましたか?」


 考えを巡らせていると、マリナが声をかけてきた。

 そうだった。

 今は学園へ向かう身支度の最中。

 集中しすぎてその動きが止まったものだから、心配されたようだ。


「昨日の魔獣の件でしたら、こちらでも調べておきます」

「……助かるよ」


 さすがはマリナだ。俺のことをよく分かっている。三人衆の中ではもっとも長い付き合いだからな。それも当然か。


「……あの、バレット様。少しよろしいでしょうか」

「何?」


 そんなマリナが、珍しくおずおずとした態度で尋ねてきた。

 

「昨夜のジャーヴィス様の来訪ですが」


 ああ。

 それが気になっていたのか。

 まあ、急に出払ってくれとお願いしたから、変に思われただろう。

 とりあえず、ジャーヴィスと「実は女の子だった」という事実を伏せておくよう約束をしたからな。ここは適当に誤魔化しておくか。あと、頃合いを見て、性別を偽っていた理由も聞いておかないと。協力できることがあるなら、したいしね。


「それについてなんだけど――」

「以前からおふたりはそのようなお付き合いがあるのでしょうか?」

「……はい?」


 物凄く真剣な顔つきで物凄く誤解を招きそうなことを聞かれた。

 いや、これもう手遅れじゃない?

 マリナの顔、若干青ざめているし。


「いえ、バレット様の性癖に苦言を呈するというわけではありません。むしろ私はそちらの方面は大好物で――そうではなく、もし、真剣にジャーヴィス様との未来を考えているようでしたら……でしたら……ティーテ様が……」


 ……今、しれっと自分の性癖を晒さなかった?

 って、それより、


「全然違うよ! ジャーヴィスから相談を受けていただけだって! 俺はティーテ以外の――ああ、いや、ティーテだけが好きなんだから!」


 危うく、「ティーテ以外の女子」と言いかけた。

 それだと、昨日会っていたジャーヴィスは女子なのかってなるものな。

 しかし、誤魔化すためとはいえ、思わず「ティーテだけが好き」なんて言っちゃったものだから、マリナはめちゃくちゃニヤニヤしながらこちらを見ていた。


 ともかく、俺はそうして必死にマリナの誤解を解くよう説得。

 ……ていうか、そもそもマリナはそっち方面の趣味があったのか。

 説得の結果、


「そうでしたか」


「俺はティーテだけが好き」という気持ちを受け取ってくれたようで、マリナは落ち着きを取り戻したが……心なしか残念そうな顔つきにも見えるのは気のせいだろうか。

 そもそも、俺がティーテを悲しませるようなマネをするはずがない。

 仮に、あの場面で、ジャーヴィスが俺を誘惑して口封じさせようとしても、俺はそれを断固拒否した上で口外しないと誓っただろう。


 ともかく、今はジャーヴィスのことよりも、


「合成魔獣についての情報……集めておいてくれ」

「承知しました」


 学園に忍び寄る魔の手。

この件の首謀者は、ラウル暴走事件にも関与している可能性が高い。

 こいつを解決しない限り、ティーテとの平和な学園生活は手に入らないだろう。


「バレット様~、ティーテ様がお見えになりましたよ~」


 部屋の外から聞こえるプリームの声。

 いろいろ考えているうちに、ティーテが来る時間になってしまったか。


「じゃあ、いってくるよ」

「いってらっしゃいませ」


 マリナに見送られて、俺は部屋を出た。

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