第56話 明かされたフラグ

 ジャーヴィス女の子説――巷で密かに噂されたその説が真実だった。


 まさかそんな設定があったなんて……お蔵入りになったのか、それとも、これから発覚するはずだったのか。

 いずれにせよ、ここでの対応は間違えられないな。


「バレット? まだ頭が痛みますか?」


 俺が険しい表情をしていると、ティーテが顔を覗き込みながら尋ねてくる。俺はそれに笑顔で「大丈夫だよ」と答えた。


 今、俺はティーテに膝枕をされている。


 先ほどの柱への連続頭突きが原因だ。

 いつぞやの庭園の一件。

 その時の願いがこうして叶った――それ自体は嬉しいことだが、この後に控えている大問題を考えると、集中しづらいのが実に惜しかった。



 ティーテと別れた後、俺は自室へと直行する。

 ジャーヴィスから真相を聞くため、消灯時間後にこっそり彼――じゃなくて彼女を部屋へと招いた。メイド三人衆からは揃って不審がられたが、あとで詳細を説明するといって部屋から出し、ふたりきりでジャーヴィスと会うことにした。その方が、向こうとしても都合がいいだろうし。


 ……なんだか、ここだけ切り取るといかがわしいことをしているような感じだが、これは断じてそういった思惑があるわけじゃない。

 俺にとってはティーテがすべて。

 この場にジャーヴィス(女子)を呼ぶのも、真相を知るためだ。

 それ以外に意味はない。


 しばらく自室で待っていると、


 コンコン。


 ノックをする音が響いた同時に、俺はドアへ向かって声をかける。


「入ってくれ」

「……失礼するよ」


 ジャーヴィスが入ってくる。

 その出で立ちは……普通。

 寝間着だろうか、随分とラフな格好だ。

 俺はジャーヴィスに、用意しておいたイスに座るよう促す。その対面にあるもうひとつのイスに俺が腰かけた直後だった。


「さっきのことだけど――」

「むろん、口外するつもりは毛頭ない」


 意表をつき、先に切り出したつもりだったのだろうが、俺があっさりと答えた内容が予想外だったようで、キョトンとしている。


「もう一度言うが、君の秘密――実は女だったという事実は、俺の胸に秘めておく」

「ど、どうして……?」

「知られたくないんだろう?」


 そう言うと、ジャーヴィスの大きな瞳がさらに見開かれる。

 まあ、いくら最近大人しくなったからといって、以前までのバレットを知っていれば、この弱みに付け込まれるのは目に見えていただろうからな。


 ――だけど、俺ならそんなマネはしない。


「君の秘密は必ず守る。この聖剣に誓って」

「バレット……」


 ジャーヴィスは深く頭を下げて、嗚咽交じりに「ありがとう」と告げ、落ち着いてから部屋を出ていった。


 あの様子じゃあ、詳細は聞けそうにないな。

 その辺についてはこれからもうちょっと時間を置いて掘り下げていこう。




 ……ひとつ、残された謎がある。


 なぜ、原作のジャーヴィスは投獄されたのか。

 バレット(前)が落ちぶれたなら、ジャーヴィスはそこから抜け出せるチャンスがあったはずだ。

 それでも、ジャーヴィスは自らの無実を訴えるマネはしなかった。

 脅されていたとはいえ、これまで積み重ねてきた悪事に対する贖罪と考えたのだろうか――そう推察するのが妥当なのだろうが、どうにもしっくりこない。学園でのスマートな立ち回りを見せるジャーヴィスなら、そこはもっとうまくこなしそうなものなのに。


 残された可能性はひとつ。


 原作には描写のない出来事――作者の脳内でのみ展開している事態が待ち構えていて、それがきっかけとなり、ジャーヴィスとバレットの関係にさらなる変化が訪れるということ。


「……ジャーヴィス絡みの案件は、これから注意していく必要があるな」


 イスに体重を預けて天井を仰ぐ。

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