第55話 嫌われ勇者、仲間の意外な正体を知る
疲労と汗を流すため、俺は共同浴場へ。
「マリナの情報通り、今の時間は誰もいないな」
俺を含めた貴族の部屋には個別に風呂が用意されている。だが、ラウルのような平民はこうした共同浴場を利用するのだ。
ピーク時は大変な賑わいを見せているというが、今の時間帯は利用者もいない。これならのんびりと羽を伸ばせそうだ。
「よし、早速服を脱いで――うん?」
ふと、視線を動かすと、服が入った籠があるのを発見する。どうやら先客がいるようなのだが、よく見ると、その服には見覚えがあった。
「この服は……ジャーヴィスが着ていた物か?」
ついさっきまで一緒に戦っていたジャーヴィスの服だ。
どうやら、彼もまた戦闘後の汗を流しに共同浴場を利用しに来たらしい。
原作におけるジャーヴィスは、勇者バレットの右腕として悪事を働く。それはきっと、間近で原作版バレットという諸悪の権化と接し続け、毒された結果だろう。その後、彼はバレットの失脚と共に投獄されることとなる。
……そういえば、原作の彼は終盤で家から勘当されていたな。
無理もないか。
設定では、ジャーヴィスの家――レクルスト家は弱小貴族だった。
成績優秀で、模範的生徒だった頃は周囲に自慢していた息子――だが、次第に悪評をばら撒くような行為に手を染める息子を見て、立場的に決して強いとは言えないレクルスト家の当主は、次第に息子を疎ましい存在と感じるようになっていく。
作中でのジャーヴィスは、バレット(前)と出会ったことで人生が一変している。だが、今の俺ならば、彼をそのような悲惨な未来へ引き込むようなマネはしない。
いずれ、俺たちは強大な敵に立ち向かわなければならなくなる。
その際、ジャーヴィスの力は必要不可欠なものとなるだろう。
と、なれば、
「――うん。ここはひとつ、裸の付き合いといくか」
ジャーヴィスとの親交を深めるためにも、ここは互いに飾らない姿でじっくりと語り合ってみるとするか。
俺は服を脱ぎ、持ってきた籠へしまうと、浴場へと入っていく。そこは思っていたよりもずっと広いお風呂で、とても快適な空間だった。立ち込める湯気で視界が狭まっているため、視認できる範囲よりも実際はもっと広いのだろう。
ジャーヴィスの姿を捜してウロウロしていると、ザパーンという水音が。そちらへ歩いていくと、浴室用の小さなイスに腰を下ろし、木製の桶に湯を溜め、体にかけているジャーヴィスを発見する。
「やあ、ジャーヴィス。奇遇だな」
俺がそう声をかけると、ジャーヴィスはこちらへと振り返る。
そこで、俺は止まった。
全身をめぐる細胞のひとつひとつ――言ってみれば、生命活動自体が停止するような衝撃を受けた。
「バ、バレット!?」
慌ててしゃがみ込んだジャーヴィスだが……俺は見てしまった。
男子にあってはならない胸部の膨らみ。
男子にあるべきモノがなかった下半身。
「えっ? えっ? ――ええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?」
困惑はやがて驚愕へと変わる。
そんな。
まさか。
いや、顔つきは確かにそうだけど。
それにしたって、なぜ?
どうして?
さまざまな情報が入り乱れて落ち着かないが、これだけはハッキリと言える。
ジャーヴィスは……女の子だった。
「ど、どうし――」
動揺する俺の肩を、突如立ち上がったジャーヴィスが強く掴んだ。そして、涙ぐみながらこう訴える。
「お願いだ! 僕が女だということは黙っていてくれ! なんでもするから!」
「な、なんでもって――うん?」
そこで、真実に至った。
真面目な生徒だったジャーヴィスが、なぜバレット(前)の右腕になるほど落ちぶれてしまったのか。
――きっと、脅されていたんだ。
込み入った事情がありそうだが、ジャーヴィスはとにかく自分が女子であるという事実を隠し、男子として暮らしていかなければならない状況にあるようだった。
ここまでの流れが、原作で描写されていないだけで、存在していたとするなら、バレット(前)にその秘密を握られたことで、ジャーヴィスは逆らえなくなってしまったのではないか。
あの女好きなバレット(前)のことだ。
無理やり悪の道へ引きずり込んだだけでなく、抵抗できないことをいいことにジャーヴィスを――と、さすがにそれは飛躍しすぎかな。
ともかく、一度冷静になる時間が欲しかった。
俺はすぐさま風呂を出ると、大急ぎで着替え、逃げるように自室へと戻ろうとする――と、その途中で偶然にもティーテと遭遇」
「あ、バレット♪」
嬉しそうにこちらへと歩いてくるティーテ。
直後、思い出されるジャーヴィスの裸体。
「……ティーテの方がずっと大きいな」
「えっ? 何がですか?」
「! お、俺としたことが!」
雑念を払うこと、そしてティーテ以外の女子の裸を思い出し、あまつさえある一部分に対して比較をしてしまった。この罪悪感から、俺は手近な柱に頭を打ちつける。
「バ、バレット!?」
ティーテの叫びは耳に届かず、俺はその後も頭突きを繰り返す。
その行動は、「バレット様がご乱心です!」とプリームが叫んだことで駆けつけたマリナとレベッカに止められるまで続いたのだった。
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