第52話 嫌われ勇者、舞踏会を楽しむ

 舞踏会が開催されるダンスホール。

 レイナ姉さんたち生徒会を中心に造られたその空間は雰囲気タップリのまさに上流階級の社交場って感じがした。学生が手掛けたにしてはクオリティが高い。


「これは凄いな……」

「は、はい……圧倒されちゃいますね」

 

 俺とティーテはダンスホールに入った途端に足を止めていた。そこへ、

 

「バレット、ティーテ、よく来たな」


 姉さんがやってくる。

 緑色のドレスは、ティーテのものに比べると少し肌の露出が多い。会場運営を仕切っているところを見ると、まだアベルさんは来ていないようだ。


「とっても綺麗です、レイナさん!」

「ありがとう。ティーテも大人っぽくて決めたな。いつもは可愛らしい感じだが、今日は美しいという表現がピタリと合う」

「あ、ありがとうございます……」


 姉さんからもベタ褒めを食らって照れるティーテ。

 ……なるほど。

 ああやって褒めるといいのか。

 勉強になるなぁ。


「バレット、しっかりエスコートしてやるんだぞ」

「分かっているよ。さあ、行こう、ティーテ」

「あ、はい!」


 俺はティーテと共に会場へ。

 ちなみに、学園にいる平民は舞踏会の間、貴族たちとは別会場入りとなる。そっちはそっちで踊るので、ラウルもそちら側へ合流することとなった。


 一見すると交わらない両者だが、休憩所という役割で開放されているラウンジでは一緒に過ごすことができる。原作のラウルとティーテはここで出会ったのだ。


 まあ、今の状況なら、ラウルとティーテが結ばれるって展開にならない――と、願いたいところだが、何が起きるか分からない以上、油断は禁物。舞踏会が終わるまで、ティーテをしっかりエスコートしないと。


 ――と、言うわけで、学園が用意した楽団の生演奏をバックに、いよいよ舞踏会が幕を開ける。


「よし! 練習の成果を見せるぞ!」

「マリナさんたちから聞きましたけど、凄く頑張っていたそうですね」

「当たり前さ。ティーテの前で、カッコ悪いところ見せられないからな」


 一応、知識としてはバレット(前)との記憶共有のおかげもあってなんとかなる。懸念事項だった、「体を動かすこと」についても、実際にマリナたちを相手にやってみたら問題なく踊れた。

 とはいえ、前世ではこういった華やかな舞台に無縁だったからなぁ、俺。

 いくら知識や踊れる感覚があるからって、急にこんな場面はハードルが高すぎる。


 ――それでも、踊りだしたらそんな不安は消え去った。


「速さは大丈夫?」

「平気ですよ♪」


 音楽に合わせて、俺とティーテは踊る。

 お互いの手を取って、見つめ合いながら、呼吸を合わせて足を運ぶ。

 

「……こんなふうに、バレットと踊れる日が来るなんて……夢みたいです」


 ティーテは目じりに薄っすら涙を溜めながら言った。

 そんなにもバレットのことを想っていたのか……ここまでになるからには、きっと過去にバレットのことをそこまで想える何かがあったに違いない。

 

 だが、肝心なその記憶が共有されていない。

 いや、そもそも、学園でのバレット(前)の振る舞いを見る限り、バレット(前)自身には意識がなかった行動だったのかもしれない。本人の記憶にすら残らない些細な出来事――だけど、それがティーテの中ではバレット(前)への想いを決定づけたものとなっている。


 それを今まで守り続けて、ようやく叶ったんだ。




 一曲目の音楽が止む。

 同時に、ダンスも止まった。


「おっと、ここまでか」

「もう終わりですか……」

「まだまだこれからさ。ちょっと休もう」

「はい♪」


 そう。

 まだまだこれから――


「っ!?」


 咄嗟に、俺は窓の方へ体を向けた。


「? バレット?」


 突然の俺の行動に、ティーテは首を傾げている。

 ……これは……まずいぞ……


「あの時と同じだ……」


 思わず口から出た「あの時」――それは、模擬戦でラウルと戦った時に感じた、爆発的な魔力の増幅だ。

 どうやら、俺以外にも数人の生徒及び教職員、そして騎士団関係者が気づいたらしく、にわかに騒がしくなってきた。


「まさか……」


 また現れたってことか――暴走者が。

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