第51話 嫌われ勇者、婚約者に見惚れる

「ど、どうでしょうか……バレット」


 ドレスの裾を摘まみ、照れながらそう尋ねるティーテ。



 可愛い。



 ダメだ。

 それ以外にどう表現していいのか……思考力を奪う驚異の可愛さとしか言いようがない。

 髪型はポニーテール――俺の好み合わせてくれた。その気遣いだけでもうお腹いっぱいって感じだが、リリア様と一緒に選んだ黄色いドレスもバッチリ似合っている。


 ゆえに、口を突いた言葉は、



「可愛い」



 結局これに行き着いてしまう。

 だってなぁ……それしないんだもんなぁ……。


「か、かわっ!? ……あ、ありがとうございます……」


 ストレートな俺の評価に、ティーテは顔を真っ赤にして俯いてしまう。もうちょっとオブラートに包めばよかったか……いや、それではティーテの可愛さに失礼だ。


「あの、バレット様?」

「――はっ!?」


 ラウルが不思議そうな顔をしながら声をかけてきたので、俺は我に返った。


「あ、そ、その、ティ、ティーテ! よく似合っているよ、しょのドレス」

「あ、ああ、ありがとうございまひゅ。バレット様も素敵ですよ……」


 お互いに緊張して、噛んでしまった。

 ていうか、ティーテに褒められたっていうのが……うん。生きていてよかった。


「じゃ、じゃあ、会場へ行こうか」

「は、はい♪」


 俺はティーテと腕を組み、会場を目指して歩きはじめた。ラウルはというと、俺たちから離れた位置をキープしながら後をついてくる。


 原作【最弱聖剣士の成り上がり】での舞踏会。

 それはティーテにとって苦い記憶となった。

 ドレスアップした自分には目もくれず、他の女子たちを追いかけてばかりにいるバレット(前)。それを見かねたラウルがティーテを誘って、ふたりは会場から離れた小高い丘の上で月明かりに照らされる中、楽しく踊り明かす。


 ……思えば、この一件でティーテの心はラウルに傾き始めていたのかもしれない。

 だけど、今は違う!

 今日はもうずっとティーテと一緒にいるぞ!


「そういえば、ティーテのお世話係って誰なんだ?」

「同じクラスの子ですよ」

「へぇ……あ、ひょっとしてレイチェル?」

「そうです! よく分かりましたね?」

「最近よく休み時間に一緒にいるだろ?」


 俺とティーテはそんな他愛ない会話に花を咲かせながら会場までの道のりを歩く。その会場へ近づくたびに人の数は増えていった。

 中でも目立つのは男女のペア率の高さ。

 これぞ舞踏会の醍醐味――まあ、俺はティーテ以外と組むつもりなんて毛頭ないけど。

 会場のすぐ近くまで迫ると、そこには、


「ジャーヴィス様、今日は私とペアを組んでください」

「ダメよ。ジャーヴィス様は私と組むんだから」

「いいえ、私とですよね?」

「はっはっはっ、これは参ったなぁ」


 のちに勇者パーティーの一員として、バレット(前)と共にその悪名を世界に轟かせるジャーヴィスが、女子たちに囲まれていた。口調こそ困った感じだが、その表情はまったく正反対でにこやかなものだ。周りの男子たちも、嫉妬していると思いきや「ジャーヴィスなら仕方がないな」と諦めの境地といった表情で眺めている。


「相変わらず凄いですね、ジャーヴィスくん」

「ああ」

「でも、こうして見ると……女の子にも見えますよね?」

「確かに。俺も最初は女子かと思ったしな」


 中性的な顔立ちをしているジャーヴィスは間違いなく美少年――だが、ティーテの言った通り、見方によっては女子にも見える。


 そんなジャーヴィスのモテっぷりは、俺たち光属性のクラスにも届いている。

あいつの凄いところは、あまりにも本人が完璧すぎるので誰からも妬まれたりしないところにあると思う。

 なんていうか、つけ入る隙がないから、「あいつが相手ならしょうがないか」って気分になってしまうのだ。ホント、なんでバレットの毒牙にかかってしまったのか。


「周りにいる女の子……十人以上はいますね」

「まったくだ。まあ、俺にはティーテさえいてくれたらいいけど」

「バレット……」


 うん。

 今のは自然に言えた。

 ラウルも遠くからサムズアップで称えてくれている。


 そうこうしている間に会場へ到着。

 いよいよ本番……まずいな。めちゃくちゃ緊張してきたぞ。


「ちゃ、ちゃんと踊れるかな……」

「ふふふ、バレットなら大丈夫ですよ♪」


 最後はティーテに背中を押される形となって、俺たちは会場となる学園ダンスホールへと入っていった。

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