第49話 嫌われ勇者、舞踏会の準備をする

「おや? ティーテ嬢は一緒じゃないのかい? 最近はその強烈な仲睦まじさで学園の話題を掻っ攫っているものだから、今日も仲良く一緒に学園へ戻ってくるのだとばかり思っていたけど」

「あ、ああ……」


 淀みなくペラペラとよくしゃべるなぁ、ジャーヴィスは。

 


 ――ジャーヴィス・レクルスト。


 貴族であるレクルスト家のひとり息子。

 品行方正で成績優秀。

 中性的な顔立ちも相まって女子人気が高く、だからといって男子から嫌われているわけでもなく、むしろ好意的な印象を抱く者が多い。


 それがなぜ、学園卒業後にバレット(前)の誘いを受け入れて、パーティーに入り、あのような悪事を働くようになったのか。


 バレット(前)がそう仕向けた?

 ……いや、最重要人物として密かにマークしていたジャーヴィスの人間性はよく把握しているつもりだが――そう簡単に悪の道へなびくとは思えない。

 さらに、メイドたちにこっそり調べさせた結果、レクルスト家が裏で暗躍をしていたという情報も得られなかった。

 例の主人公ラウル暴走事件の黒幕はレクルスト家かもしれないとさえ思っていただけに、これには正直ガックリときた。


 まあ、あちらが尻尾を見せていないだけで、実は裏でえげつないことをやっている可能性もなくはないが……もしそれが本当なら、学園の教師陣が気づいていてもおかしくはない。


「どうかしたかい?」

「あ、いや、なんでもないよ」

「そうかい? じゃあ、僕はこれで失礼するよ」


 そう言って、爽やかな笑顔と共にジャーヴィスは去っていく。

 すると、すぐさま女生徒に声をかけられ、また話し込んでいた。


 ……やっぱり、俺にはジャーヴィスが原作でやったような悪行の限りを尽くす非道な人間とは思えない。

 何か――何かきっかけがあるに違いない。

 

 ジャーヴィスだけでなく、ラウルもそうだけど、本来の力を存分に発揮させられたらこれ以上頼りになる仲間はいない。もし、ジャーヴィスが今とはまるで違う方向へ変貌を遂げるようなイベントが発生するならば、俺はそれを全力で阻止したいと思う。


 しかし……一体何が原因なんだ?


 考えている俺のもとへ、ひとりの男子生徒がやってきた。


「バレット様!」


 原作主人公のラウルだ。

 

「ラウル? どうした?」

「今日は僕がバレット様のお世話係なので、ご挨拶に」

「お世話係? ――あ」


 思い出した。

 確か、この舞踏会では貴族と平民で役割が異なるんだった。

 イベントのメインは貴族。平民はパートナーとなる貴族に仕える形となるが、そこまで堅苦しい関係でなく、一緒に楽しむ相棒という面が強い。とはいえ、ここでもしれっと階級の違いを見せつけてくるとは……。

 この世界じゃそれが当たり前なんだろうけど、前世の記憶がガッツリ残っている俺には違和感を覚えるものだ。


 ……それより、ちょっと問題が発生した。


「バレット様のパートナーとして恥ずかしくないよう、このラウル・ローレンツ、全力で挑ませていただきます!!」


 なんか……ラウルが変。

 この休みの間に何かあったのか?


「えぇっと……ま、まあ、ほどほどに、な?」


 気合が入りまくっているな。

 物凄く犬に懐かれた時の感覚に似ている。


「と、とりあえず、俺は衣装合わせのために一旦部屋に戻ってメイドたちと合流するから、またあとでな」

「分かりました!!」


 誰かに何かを吹き込まれたのか……?

 まあ、嫌われるよりはいいけどさ。



 ラウルと別れた俺は寮の自室へと戻る。

 部屋ではすでにメイドたちが服の準備をしていた。

 ティーテがあれだけ丁寧にドレス選びをしていたんだ。横に並ぶ俺だって、相応しい格好でいたい。エーレンヴェルク家を訪れる前、そうメイドたちにお願いすると、「喜んで!」といろいろと用意してくれていたようだ。


「うーん……目移りするなぁ」

「でしたら、こちらはいかがでしょうか」


 マリナが差し出したのは黒色のスーツっぽい服。

 渋いチョイスだな。

 でも、神授の儀で見せた演出のように、これまでが派手過ぎたからかえってこっちの方がいいだろう。


「それにしようかな」

「分かりました。――では、お着替えを手伝います」

「へっ?」

「冗談ですよ」


 マリナは小さく笑いながら言う。

 他のふたりも、笑いをこらえているようだ。

 ……おのれ……俺をイジったな?


 俺はメイドたちを廊下へと追い払い、ひとりで着替えを始めた。

 これを着てティーテと舞踏会……今から楽しみだ。

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