第48話 嫌われ勇者、婚約者の家で朝食を楽しむ

 ティーテの実家――エーレンヴェルク家で過ごした一日が終わり、新しい朝がやってきた。



「おはようございます、バレット様」

「朝食はこちらになります」

「ティーテ様はもう少し準備にお時間がかるようです」


 身支度を整えて部屋を出ると、エーレンヴェルク家のメイドさんや執事さんたちが話しかけてくれた。昨日、ここを訪れた直後はまるで凶悪なモンスターと対面した時のような態度だったが、今はそのようなものはまったく感じない。


 これも、庭園でのやりとりや昨日の晩餐が大きな影響を与えているのだろう。


 ホッとしたのも束の間、食卓へ到着。

 すでにアロンソ様とリリア様は着席して俺たちを待っていた。


「遅れてしまい、申し訳ありません」

「いや、我々が早く来ただけだ」

「そうよ。気にしないで」


 満面の笑みを浮かべるふたりに一礼――と、

 

「ごめんなさい!」


 息を切らし、慌てた様子でティーテがやって来る。

 どうやら、寝坊したようだ。


 その理由は、今日の舞踏会が楽しみすぎて寝付けなかったとのこと。

 あるよね。

 いくつになっても、楽しいイベントを控えた前日って、なかなか眠れないものだ。


 そんな会話をしながら、四人で朝食をとる。

 なんだろうな。

 ティーテが舞踏会を楽しみにしすぎて眠れなかったってエピソードを聞きながら食べる朝食は、いつにも増しておいしい気がする。普段は食が細いリリア様も、今日はモリモリ食べているし、勘違いではなさそうだ。


 アロンソ様はティーテが嬉しそうに今日の舞踏会への意気込みを語っている光景を優しい眼差しで見つめつつ、食欲旺盛なリリア様を嬉しそうな表情で眺めていた。


 原作での登場シーンは少なめだが、こうしてみるとアロンソ様はなかなかの苦労人だなと思う。


 何せ、最初の婚約者が人間性に問題ありまくりの原作版バレットで、その後に婚約者となったラウルはハーレムを築いている。おまけに、そのハーレムでのティーテは存在感が薄かったときている。さらには病弱な妻、と。


 ……なんていうか、ティーテとの関係改善が成功したことで、本人以外にもっとも好影響を受けるのはアロンソ様なのかもな。



 朝食を終えて、お茶をいただきながら話をしていると、


「バレット様、そろそろ学園へ戻られる時間です」


 マリナがそう教えてくれた。


「えっ!? もうそんな時間!?」


 まいったな。

「いつもの髪型以外で、ティーテにもっとも似合う髪型は何か?」という議題の答えが出ないまま、俺は学園へ向かわなければならなくなってしまった。今のところ、リリア様が提唱している「ツインテール説」が有力か。とはいえ、この件についてはまだまだ議論を重ねなければならないだろう。


 というわけで、準備のあるティーテよりも先に学園へ向かうことになった俺だが、食卓のある部屋を出てすぐ、ティーテが追いかけてきて呼び止められた。


「あ、あの、バレット!」

「? どうかしたの?」

「そ、その……」


 なんだか言いづらそうなティーテ。

 その気配を察したマリナがススッと距離を置く。

 できるメイドだなぁ――と、思いきや、明らかに聞き耳を立てていた。前言撤回。


「朝食の時の話なんですけど……」

「ああ、髪型のヤツ?」

「はい。えっと……バレットはポニーテールが好きなんですよね?」

「うん」


 即答した。

 確かに、リリア様が提唱したツインテールも似合うだろうが、個人的にはポニーテールを推奨したい。


「……分かりました。その確認を取りたかったんです。それでは、後ほど」


 ティーテはそれだけ言って、立ち去ってしまった。

 俺の好みの確認……ふむ、期待していいのかな?


「やりましたね、バレット様」


 マリナがサムズアップをしながら言う。

 この上ない笑顔を添えて。



 ◇◇◇



 馬車に乗り、アストル学園へと戻って来た。

 さすがは学園を代表するイベント――舞踏会。

 すでにその雰囲気はできており、盛り上がりを見せている。


 俺も荷物を整理して、姉さんの手伝いに向かおうとした時、


「やあ、バレット」


 声をかけてきたのは……後に勇者パーティーを組むこととなる学園の男子生徒ジャーヴィスだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る