第46話 最初の晩餐

 エーレンヴェルク家での夜はとても楽しいものだった。

 晩餐にはティーテの母親であるリリア様ともご一緒できた。

朝から体調がよくなかったそうだが、自室の窓から俺とティーテが仲良くしている光景を目の当たりにし、「こうしてはいられない」と全身から力が漲ってきたと説明してくれた。――俺たちがいちゃつきは、リリア様の体調さえも回復してしまう力を持っているらしい。


「でも、本当によかったわ。あなたたちがこんなにも仲良くなってくれて」

「は、はあ……」

「リリアよ、大丈夫か? その……いつもより食が進んでいるようだが」

「ええ、なんていうか……はしたない話だけど、ふたりを見ているといくらでも食べられる気がしてくるわ」


 よほど嬉しかったのか、いつもは一個の半分しか食べないというパンを、今日はすでに三つもたいらげていた。肌ツヤもいいし、表情も明るい。

 ティーテも、母の元気な姿にホッとひと安心しているようだ。




 食後、ティーテは明日の舞踏会で着ていくドレスをチェックするため、リリア様にプラスしてマリナたちを含む使用人と共に別室へ。


 残されたのは……俺とアロンソ様のふたり。


「…………」

「…………」


 ……超気まずい。

 な、何か、話題を振らないとダメだよなぁ……でも、こういう時ってどんな話を振るべきなんだ?


「バレットくん」

「は、はい!?」


 唐突に名前を呼ばれて、俺は声を裏返しながら返事をした。


「な、なんでしょうか……」

「君は……ラウル・ローレンツの事件を探っているらしいな」

「! ど、どうしてそれを――」


 なぜ、アロンソ様がそのことを知っているのかと疑問に感じた俺だが、すぐにその謎は氷解した。アロンソ様は学園の役員をしており、よく会議にも出席される。そこで、きっとあの人から俺のことを聞いたのだろう。


 そのあの人とは――間違いなくテシェイラ先生だ。


 きっと、直球で「バレットが今回の件を気にしている」とは口にせず、それとなく匂わせておいたのだろう。


 ……て、ことは、


「今回の件について、現段階で分かっていることを君にも教えておこう」


 そういうことだ。

 俺としては、ラウルを貶めようとしていたヤツの手掛かりが掴めるかもしれないとテンションアップ。原作主人公であるラウル――その悲しき生い立ちをあますところなく知っている俺としては、彼にも原作のような活躍をさせてあげたいと思っていた。


 ただし、当然ながら、ティーテとのフラグは叩き折らせてもらう。

 ティーテは俺の手で幸せにするからな。


 っと、アツくなりすぎたな。 

 本題へ戻ろう。


「そ、それで……例の暴走事件について、何が分かったんですか?」

「うむ。そのことだが――」


 俺は固唾を呑んでアロンソ様の言葉を待ち、


「結局何も分からなかった」


 盛大にズッコケた。


「……大丈夫かい?」

「え、ええ――って、何も分からなかったんですか!?」


 まあまあの猶予期間があったのに、手掛かりなしかよ!


「まあ、厳密にいえば決定的なモノは見つからなかったということだ」

「決定的なモノ……」


 ……なるほど。

 疑わしい存在は把握しているわけだ。

 ただ、「疑わしきは罰せず」みたいな縛りがあるんだろうな。


「学園役員会では、組織的な犯行ではないかと見立てている。そして、これまでの犯行の手口から――」

「犯人は学園関係者、と」

「! ……その通りだ。勘づいていたのか?」

「俺も独自に調査を進めていましたからね」


 とはいっても、実際に調査していたのはメイド三人衆だが。

 しかし、マリナたちや学園の教師陣でもその足取りが掴めないとは……敵も相当な手練れであると踏んでいいな。


 ……あと、もうひとつ。


「……アロンソ様」

「なんだ?」

「なぜ、その情報を俺に?」

 

 テシェイラ先生がひた隠しにしていた情報。仮に、先生がアロンソ様を通して俺に情報提供をしたというなら、その真意は何だろうか。


 俺の質問に、アロンソ様はしばらくの間を置いてから口を開く。


「それを答える前に――もうひとつ尋ねたい」

「なんでしょうか」

「君はなぜ、ラウル・ローレンツの件を追う?」


 それはラウルが本来の力を発揮して魔剣を振るえば、国にとっても欠かせない戦力に成長するため――だが、俺にはもうひとつ理由があった。むしろ、そちらが本命と言えた。


「愛するティーテのためです」


 俺はキッパリと言い切った。

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