第45話 嫌われ勇者、婚約者の実家へ行く【後編】

 俺はティーテに案内されて、エーレンヴェルク家自慢の庭園へと足を運んだ。


「おぉ……」


 それは圧巻の光景だった。

 規模としては、目を見張るほどの広さがあるわけではない。

 しかし、限られた空間の中に色とりどりの花々が咲き乱れている。それらは乱雑に配置されているように見えて、色が重ならなかったり、大きさがかぶらなかったりと、自然に見せつつも細やかな気配りが見受けられる。中央にある大きな噴水もいい感じだ。

 手入れも行き届いているし……なるほど。ティーテが自慢したくなるのも頷けるな。


 緩やかな風に乗って、花の香りが鼻孔をくすぐる。

 立っているだけで心が洗われるようだ。


「いいところだ……ずっとここにいたいと思えるよ」

「本当ですか!?」

「ああ……」


 まさに癒しの空間。

 時の流れを忘れてしまいそうになる。


 ――と、俺は急に視線を感じて辺りを見回した。


 物陰に身を隠しているが、気配で丸分かりだ。

 恐らく、エーレンヴェルク家の使用人の方々らしいが……どうやら、俺とティーテを監視――というか、見守っているようだ。

 

 俺についての報告が入っているとはいえ、完全に信じきっていない様子。もしかしたら、裏でティーテが以前のような扱いを受けているのではないかと心配になって見に来たってところか。


 ……なるほど。

 そっちがその気ならば、こちらも相応の態度を示さなければならないだろう。

 

 つまり――ティーテと心置きなくいちゃつき、もう昔の俺(バレット)ではないと見せつけてやればいいのだ!


「バレット?」

「なあ、ティーテ……ちょっと座って話さないか?」

「はい♪」


 ティーテは俺の誘いに応じてくれた。

 俺たちは肩を並べてゆっくりと腰を下ろす。

 

「この庭はいつも手入れを?」

「普段はメイドさんたちがやってくれています。私はお休みの日に戻って、それを手伝っていますね」


 なんでもない世間話――だけど、俺にとってはひとつひとつが大切な情報だった。

 何せ、バレット(前)には肝心のティーテの情報がほとんどない。

 あいつにとって、ティーテは政治的な利用価値しか存在していなかった。

 将来、自分が勇者として名を轟かせ、やがてアルバース家を継ぐ時になることを想定しての婚約――いや、もしかしたら、バレットはラウルに「ざまぁ」されず、そのまま勇者になっていたら、どこぞの国の姫と婚約していたかもしれない。

 

 もしそうなっていたら、ティーテは――


「どうかしましたか、バレット」

「っ! な、なんでもないよ。とても居心地がいいところだから、思わずボーっとしちゃっただけだ」

「…………」


 考え事をしていて上の空だったことがバレたかな……?

 俺としたことが……ティーテといる時はティーテとの時間を大切しないと。



 ――その時、

 

 

 右肩にポスンという軽い衝撃が。

 何事かと思って顔を横に向ければ……すぐそこにティーテの顔があった。


「!?」


 びっくりしたぁ……寝ちゃったのか。

 気持ちは痛いほど分かる。

 いい天気だもんなぁ……今日は暖かいし。

 俺もつられてウトウトし始めた時――突然、物陰に隠れていたエーレンヴェルク家の人たちが俺のもとへと集まって来た。

 

「え、えっとぉ……」


 眠気も覚め、困惑している俺に対し、使用人たちは一斉にサムズアップ。ティーテを起こさないためか、誰も言葉を発しないが、その笑顔からは感謝の気持ちが伝わった。

ていうか、一部泣いている人までいるじゃないか……って、よく見たらマリナたち三人も加わっているし!?


 ……ともかく……どうやら、父親のアロンソ様だけでなく、この屋敷のすべての人たちがティーテの気持ちに気づいているようだ。そして今――俺がそれを叶えたことで、使用人たちは感謝しているということか。


 形だけの婚約ではなく、想い合っての婚約。

 

 そうなれたのは、俺としても嬉しい限りだ。




 ――結局、ディナーの時間になるまで、ティーテは俺の肩を枕に眠っていた。途中、体勢が厳しくなったので膝枕へと変更したが、その結果、起きたと同時にティーテの顔は真っ赤になり、ひたすら俺に謝っていた。


 俺は気にしないでいいと伝えた後、「今度は俺に膝枕をしてほしい」とお願いする。ティーテは再び顔を真っ赤にして動揺していたが、やがて静かに頷いてくれた。


 ティーテの膝枕……楽しみだな!

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