第44話 嫌われ勇者、婚約者の実家へ行く【中編】

「長旅で疲れたろう? さあ、中へ」

「は、はい」


 お義父さんことアロンソ様に促されて、俺は屋敷内へと入る。

 婚約者の父親に会う――バレットはすでに何度も経験済みなのだろうが、「俺」としては今回が初めてになる。アロンソ様の顔や性格は記憶の共有により理解している。


 だが、その肝心の記憶というのがかなり曖昧だった。

 というのも、バレットの屋敷にティーテがやって来ることがあっても、逆にバレットがティーテの家に行ったという記憶がほとんどないのだ。


 バレット自身が拒絶をしていたのだろうか。


 ちなみに、原作でもバレットとアロンソ様の接点はほとんどない。

 アロンソ様が原作に登場したのは、バレットが主人公ラウルに敗れて貧民街に消えてから。そこで、ラウルから正式にティーテと交際していることを告げられるのだ。



 ……そういえば、アロンソ様のラウルに対する態度について、原作である【最弱聖剣士の成り上がり】のファンからはさまざまな意見が出ていた。

 

 曰く、ラウルへの態度はなんとなく素っ気ないように映るとのこと。作者がどのような意図をもって両者の関係をそのように描いたかは知らないが、言われてみると、確かによそよそしかった気がする。

 その理由については、最新話でも語られていないが、一部からはラウルのハーレム体質に対して疑問を持っていたのではないかという説が唱えられている。

 俺としては、特に作者側が意図してやったことではないと思っているが、ここまでのティーテの変わりようを見るに、もしかしたら、アロンソ様はティーテのバレットに対する想いを汲んで、そのような態度を取ったのではないかと思えてきた。



「どうかしたか、バレットくん」

「っ! い、いえ、なんでもありません」


 それはさておき……今さらながらめちゃくちゃ緊張してきたぞ。

 俺たちは応接室へと通され、そこで向かい合うように座る。

 こちらのソファにはティーテがいて、正面にはアロンソ様。


「あ、あの」

「うん?」

「リ、リリア様は?」

「今朝から少し体調が優れないようでな。申し訳ないが」

「そ、そんな!? 大丈夫なんですか!?」

「ああ。問題ない」


 そういえば、ティーテの母親であるリリア様は体が弱いんだったな。

 元々口数が多い方ではなく、感情をあまり表に出さないアロンソ様だけど、やはり心配なのだろうな。

 それはティーテも同じだ。


「お母様……」


 不安そうに呟くティーテ。

 

「ティーテ、安心しなさい。少し起き上がるのが辛いだけだ」

「はい……」

「すまないな、バレットくん」

「い、いや、俺としても、リリア様にはお体を大事にしていただきたいので」

「! そうか……」


 一瞬、アロンソ様が驚いたような表情を見せた。

 無理もないか。

 バレット(前)ならば、そんな気遣いの言葉なんて口にしないだろうし。


「学園はどうだ、ティーテ」

「あっ! そ、そうだ! 聞いてください!」


 ティーテはアロンソ様に学園生活の感想を伝える。

 ただ、その話の九割九分は俺絡みのことだった。


 ティーテにとって、俺との関係改善がここまで喜ばしいことだったとは……嬉しい反面、なんだか気恥しくなってきた。事あるごとに、俺を褒めまくっているし。


「ふむ。それは良かったな、ティーテ」

「はい♪」


 一方、アロンソ様は嬉しそうに語るティーテを穏やかな表情で見つめていた。



 ……やっぱり、アロンソ様はバレットが改心して、ティーテと仲良くしてもらいたいと願っていたのかもしれないな。政略結婚とか抜きで、ひとりの父親として強くそう願っていたのかも……。

 

「――と、いうことなので、今からバレットと少し庭園を見てきます」

「ああ、分かった」


 最初の約束通り、ティーテと庭を見に行くことになった――が、部屋を出る直前にアロンソ様から呼び止められる。


「バレットくん」

「? なんでしょうか?」

「娘を……よろしく頼むよ」

「! は、はい! 必ず幸せにします!」


 勢いに任せてだいぶ先走ったことを口にしてしまったが、アロンソ様はニコリと微笑んでくれた。


「なるほど……報告にあった通りだ」

「えっ?」

「いや、なんでもない。こちらのことだ。さあ、行ってきなさい」


 さっき、アロンソ様が呟いた報告というのは……間違いなく、学園での俺の態度についてだろう。改善に努めていてよかったよ。原作のままの言動だったら、不信感を抱かられるのは間違いないだろうし。


 ともかく、お義父さんに頼まれたからには、ティーテを悲しませるわけにはいかないな。

 聖剣に選ばれた勇者として認められるよう、これからも修行に励まないと。

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