第43話 嫌われ勇者、婚約者の実家へ行く【前編】

 学園舞踏会を前にして、俺はエーレンヴェルク家にお邪魔することとなった。


 ティーテと俺は婚約者同士。

 そんなティーテのご両親がいるエーレンヴェルク家の屋敷……俺にとっては義理の両親が住む嫁の実家ってことになるのか。


「…………」


 なんか、そうやって言葉にすると、改めて「俺はティーテと結婚するのか」という気分が湧き上がってくる。前世の俺は独身だったからなぁ。そもそも、こちらの世界における夫婦像というのは今ひとつ掴めていないが……周囲の人間関係を見る限り、それほど大差のないものだろうとは思う。

 

 まあ、何にせよ、ティーテと一緒に仲良く暮らしていくのが俺の理想だ。

 これを実現させるためにも、ティーテを悲しませるような夫婦生活だけは送らないと肝に銘じておく。……それこそ、原作再現を避けなければいけない。


「あっ、見えてきましたよ!」


 ティーテが場所の窓を指差しながら、こちらに笑顔を向けている。正直、外の景色よりその笑顔を眺め続けていたいが、きっとティーテが恥ずかしがるだろうから、今回のところは見送ることにした。


 窓の外から見えるのは、立派なお屋敷。

 門から玄関まで、百メートルほど離れているのだが、道中を美しい植物たちが鮮やかに彩っており、思わず息を呑んだ。


「これは……凄いな」

「うちの自慢の庭園なんですよ♪」


 嬉しそうに話すティーテ。

 そういえば、使用人たちと一緒に管理しているって言っていたな。母親であるリリア様からもらった種をもらい、それを育ててプレゼントしたという話も聞いた。この庭園は、ティーテにとって大切な宝物なのだろう。


「……ティーテ」

「はい?」

「あとで庭園を案内してくれないか? とても綺麗だから、いろいろと見て回りたいんだ」

「! も、もちろんです!」


 俺からの提案に、ティーテは瞳を輝かせながら快諾してくれた。

 そうと決まったら、すぐにでも一緒に庭園を並んで歩こう――そう思った俺は、馬車から降りて真っ直ぐ屋敷へ向かおうとしたのだが、



 バァン!



 屋敷の玄関の扉が勢いよく開けられ、そこから大勢の使用人が出てきた。

 彼らは一糸乱れぬ完璧な動きで整列し、



「「「「「ようこそおいでくださいました、バレット様!」」」」」



 声を揃えてそう言うと、深々と頭を下げた。


「…………」


 固まる俺。

 こうなってしまうのは、ある程度恐れていた事態……気まずくなるから、気を遣わなくてもいいと、ティーテを通してエーレンヴェルク家に伝えていたはずが、どうやらうまくいかなかったようだ――いや、待てよ。もしかしたら、俺からの伝言通り、地味にしてこれなのかもしれない。


 原因は、俺とティーテの家柄の差。

 お互いに貴族でこそあるが、アルバース家は代々王族との関わりも深い公爵家。一方、ティーテのエーレンヴェルク家は、建国時からこの国を支えている縁の下の力持ちという感じであり、アルバース家ほどの力はないが、領民からの支持は厚い。


 俺とティーテの婚約は、言ってみれば政治的な意味合いが強い。


 ただ、一見すると、アルバース家の方にプラス材料がないように思えるが……父上のことだから、きっと何かあるのだろう。


 まあ、俺としてはそんな大人の都合なんてものは関係ない。

 仮に、ティーテが庶民であっても、俺はきっとティーテに惹かれていただろう。


 ……ティーテの方もそうであってほしいけどな。

 

 とりあえず、これでも十分に仰々しい出迎えなので、使用人のみなさんには本来のお仕事に戻ってもらうよう伝える。みんな、「そんなバカな!?」みたいな顔をしていて、中には疑っているのか、なかなか戻らない人もいた。……ここでも、とんでもない迷惑をかけていたようだな、バレット(前)よ。


 そうこうしていると、屋敷の玄関からひとりの男性が出てきた。

 

「久しぶりだね、バレットくん」


 威厳たっぷりな雰囲気を漂わせるこの人こそ、ティーテの父親にしてエーレンヴェルク家の現当主、


「ご無沙汰しています――アロンソ様」


 アロンソ・エーレンヴェルクだ。

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