第42話 嫌われ勇者、学園を発つ

「そうか。舞踏会……もうそんな季節か」


 舞踏会を二日後に控えたこの日の授業終了後――俺は聖剣を見せにテシェイラ先生の研究室へ足を運んでいた。


「ティーテも喜んでくれたんじゃないかな?」

「え、ええ……でも、誘うタイミングが遅くなっちゃって、泣かれてしまいましたが」

「それは単純に誘われて嬉しかったからだろう?」

「そ、そうでしょうか……」


 本当はもっと早くに誘うべきだったよな、と俺は猛省している。いずれにせよ、ティーテにはトコトン楽しんでもらうつもりだが。


「それで、聖剣の方なんだが」

「…………」

「バレット?」

「あ、は、はい」


 またもティーテのことで頭がいっぱいになってしまい、テシェイラ先生の言葉が耳に入ってきていなかった。


「……君は本当にティーテのことが好きなんだね」

「い、いや、それは……」

「一年前にここへ来た時とはまったく正反対だ。ティーテのことだけじゃなく、私生活においてもだが……これも聖剣が成せる業か……?」

「そ、そうですよ! 聖剣に選ばれたからには、これまでのような自分じゃダメだと目覚めたんです!」


 とりあえず、なんでもかんでも聖剣のおかげってことにしておこう。それが一番手っ取り早いし、何より怪しまれない。神が持つ聖剣を与えられたことで生まれ変わった――うん。いかにも勇者っぽいフレーズじゃないか。


「まあ、あまり羽目を外しすぎないようにな」

「大丈夫ですよ。それより、聖剣の方はどうですか?」

「特に変化なし。……だけど、君は扱いに慣れてきているようだね」

「特訓していますから」

 

 毎朝、俺は寮の朝食前に聖剣をコントロールする特訓に励んでいる。【最弱聖剣士の成り上がり】――つまり原作では、バレットは聖剣の力を完璧に引き出すことができなかった。

 それもこれも、すべてはバレットが未熟だったから起きた悲劇。

 おまけに、そうした未熟さがきっかけとなって、アベルさんはあんなことになっちゃったわけだし。せっかくの聖剣が泣いていると、周囲からも読者からも指摘されていたな。

 

「鍛錬を怠らないのは良いことだが、無理は禁物だぞ」

「分かっていますよ」


 この学園を卒業するまであと四年――それまでは、今くらいのペースを維持しつつ、無理なく長期スパンで聖剣の力を引き出していこうと思う。幸いにも、いわゆる敵勢力というのは具体的にいないみたいだし。


 ――あ、待てよ。

 そういえば、


「あの、テシェイラ先生」

「ん? なんだ?」

「この前の……リック先輩の件ですが――」

「生徒に教えられることはないよ」


 まだ話し途中なのにバッサリと切られた。

 心配なのは分かるけど……俺としても、このままただ黙って見ているということはできなかった。


「テシェイラ先生……」

「ダメなものはダメだ。というか、あれから学園の警備はさらに強化されつつある。もうあのような事件は二度と起きないし、起こそうとする輩がいるなら即刻捕まる」


 余程自信があるのだろう。

 話している時のテシェイラ先生は若干ドヤ顔だった。


 結局、俺は続報を知ることができず、明日のティーテの実家訪問の準備をするため、寮へと戻ったのだった。



  ◇◇◇



 翌日――連休初日。


 俺とティーテは馬車に揺られていた。

 今日はプリームが御者を務め、他のふたりのメイドは護衛のため別の馬車で移動中。その他にも、武装した騎士の乗る馬車が計五台。俺とティーテを守るために並走していた。


「……厳重すぎやしないか?」


 この過剰防衛は、例の暴走事件と無関係なんだろうが……いくらなんでも大袈裟すぎやしないだろうか。妙な緊張感に包まれているが、


「見てください、バレット! あそこに野生の馬がいますよ!」


 窓から外の景色を眺めるティーテにそんなものは関係なさそうだ。


「どれどれ……おっ? ホントだ!」

「近くに子どももいるんですよ! 可愛いですよね~」

「ティーテは動物も好きなんだな」

「はい♪」


 動物に好かれそうなタイプだしなぁ。


「あっ! 今度は鹿が見えましたよ!」


 興奮しながら外を眺めるティーテを愛でつつ、俺たちは屋敷に着くまでの間、楽しいひと時を過ごすのだった。

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