第41話 嫌われ勇者、姉を応援する

 学園舞踏会に向けた準備は着々と進んでいた。

 印象としては、文化祭みたいなノリだな。


 もちろん、実際はもっと格式高い催しなのだろうが、生徒たちが楽しそうに準備をしている様子を見ると、なんとなくそれっぽく感じてしまう。


 と、いうわけで、俺も授業後に会場の準備を手伝うため、ダンスホールへとやってきた。

 もちろん、ティーテも一緒だ。


「わぁ……」


 六割ほど完成している会場の様子を見て、ティーテが感嘆の声をあげる。俺は去年の様子を聞こうと声をかけ――ようとしたが、思いとどまった。

 というのも、バレットとの記憶共有により、去年の舞踏会の様子が思い出されたからだ。

 バレットは終始いろんな女子に声をかけまくっていた。

肝心の婚約者であるティーテには見向きもせず。

いくら名のある貴族だからって、そこは誰か注意とかしないのかよとも思ったが、報復が怖かったのかな。聖剣を手にしてからはますます調子に乗って、手が付けられなくなったし。


 だからこそ、今年の舞踏会はティーテにとって最高の思い出になるよう尽力したい。

 そのためにも……マリナたちと緊急会議を開く必要があるな。


 ――などと、計画を練っているうちに姉さんを発見。


「レイナ姉さん」

「おっ、来てくれたのか、バレット」


 生徒会長として、実行委員の責任者も兼ねている姉さんは会場準備のため、他の生徒たちに指示を送っていた。その的確さのおかげで、会場づくりは順調らしい。

 と、そこへ新たな来訪者が。


「やあ、レイナ」

「! ア、アベルさん!?」


 いつも冷静な姉さんの声が裏返った。

 騎士団の制服に身を包んだ屈強な青年――彼が後に姉さんの婚約者となるアベルさんか。


「こんにちは、アベルさん」

「こんにちは」


 俺とティーテも揃って挨拶をする。

 学園のOBだし、そもそも、順調にいけば俺にとって義兄となる人物だしな。


 原作では、バレット(前)たち勇者パーティーと共にダンジョンへと潜り、そこでドジッたバレット(前)のせいで大量のモンスターに襲われる。アベルさんは勇者を救うため、ひとり囮となって逃がしたわけだが……その結果、帰らぬ人となってしまったのである。


 原作のイメージからすると、もっとこう筋骨隆々としていて、いかにも「武人」って感じのする人かと想像していたが、なんとも涼やかで整った顔立ちをした人物だ。まさに好青年って感じがする。姉さんが惚れるのも無理ないな。


「ど、どうしてこちらに!?」

「今年は私も参加する予定でね」

「えぇっ!?」


 またも姉さんらしくない大声。

 周りの生徒たちも驚いているな。


 その時、俺はふとティーテへと視線を向ける。

 ギュッと口を真一文字に結び、強い眼差しを姉さんたちに送っている。

 もしかして……ティーテは姉さんがアベルさんに好意を寄せていることをしっているのか? それで、「今が誘うチャンスです!」って思っているのだろう。

 そんなティーテの願いは通じるのか。


「あ、あの!」

「うん?」

「今日はいい天気ですね!」

「そうだな。舞踏会当日も今日くらいの晴天ならば文句はないだけど」

「まったくです!」


 ダメだ、こりゃ。

 姉さんは色恋沙汰になるとからっきしってタイプだったか。

 ……なるほど。

 それで父上が気を利かせて、ふたりを引き合わせるためにお見合いをしたってわけか。あの時の年齢は確か十九歳。早すぎる気もするけど、この世界ではそうでもないのかな?


 ……しょうがない。

 俺が助け舟を出そうじゃないか。


「アベルさん、舞踏会へ参加されるとのことでしたが……お相手はもうお決めになりましたか?」

「!? バ、バレット!? 何を言いだすんだ!?」


 姉さん、動揺しすぎ。


「そうだね。まだ決まっていないよ。……誰か、空いている人はいないかな?」


 そう言って、アベルさんは姉さんを一瞥する。


 おお?

 もしかして……アベルさんも姉さんに気があるのか?


「わ、私は当日空いています! お嫌でなければ……その……」

「本当かい? 嬉しいなぁ!」


 こうして、姉さんのダンスパートナーがアベルさんに決定。

 でもこの人……もしかして、最初から姉さんを誘うために来たのかな?


 考えていると、アベルさんと目が合う――そして、パチッとウィンクをされた。

 やっぱり、最初から姉さんを誘うつもりだったのか。


 ――どうか、姉さんを幸せにしてあげてほしい。

 今の俺なら、あの人を窮地に陥らせるようなマネはしないから。

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